強敵と書いて友と呼ぶーー科学漫画『Dr.STONE』の芯にある、ジャンプ漫画の哲学

『Dr.STONE』が描く、ジャンプ漫画の哲学
『Dr.STONE』18巻(ジャンプコミックス)
『Dr.STONE』18巻(ジャンプコミックス)

 千空たちが石化光線の謎について話していると、ゼノも参加し「サイエンス・イズ・エレガント」と言って千空と科学談義で盛り上がり、しばらくすると2人は巨大なシャボン玉を作り出す。一見遊んでいるように見えるが、シャボン玉を地球儀に重ねることで石化光線が地球を包み込む現象を再現していたのだ。

 ここでゼノは「科学屋にとって重要なのは誰から見ても客観的に同じ現象が再現されるということ――」と言う。これは本作が描き続けている重要なテーマである。千空、ゼノ、クロムの科学談義は小難しい理屈の応酬に見えるが、3人が盛り上がっている様子を丁寧に拾い上げているため、議論という行為自体がとても楽しそうに見えてくるのが、この漫画の魅力である。

 この楽しい科学談義は、新キャラのDr.チェルシーが加わることで一気に加速する。チェルシーは10代にして若い天才地理科学者で、ゼノ曰く「彼女の頭の中には地球が丸ごと収まっている――」とのこと。しかし、どこか抜けたドジっ子な所もあり、石化から目覚めた後、ゼノたちに合流しなかったのは、ゼノたちの拠点が書かれた看板の文字が(メガネがなかったので)読めずに、そのまま南へ進んでしまったのだった。

 スタンリーを振り切れる裏ルートはないか? と聞かれたチェルシーは、エクアドル北部から上陸して山を超えるルートを提示する。しかし山を超えるにはバイクが必要となる。自分でも無茶だとわかっているチェルシーは「いや無いけど」と付け足すのだが、そこで千空は「無えなら――」「作る!!!」と言って「バイクを作るためのロードマップ」を一気に提示する。その後、チェルシーの案内でゴムの木を見つけ出し樹液からゴムを精製しタイヤを作ることになるのだが、面白いのはゼノも一緒に手伝うところ。

 「科学にはジーマーでウソつかないでしょ?」と言ってメンタリストのゲンが小型ナイフを渡す場面に象徴されるように、科学を信じる人間となら解りあえるということを、旅の中で少しずつ見せていく。

 発明したバイクで、追跡を振り払った千空たちは“リモートワーク”と称して科学船ペルセウスに残った仲間たちに、石化装置の解析を頼む。そのために使うのが、何とモールス信号を用いた手動のFAX! 高級時計会社ロデックスの跡地を伝え、そこで石化していた時計技師ジョエルを目覚めさせることで石化装置の内部構造を調べることに。今まで謎だった石化現象の謎がじわじわと解き明かされていく。

 石化装置のことも気になるが、何よりこの巻で印象に残るのは科学談義で盛り上がる千空とゼノの姿だろう。ゼノは敵国の捕虜であり、天才的頭脳を持った油断ならない相手だ。しかしゼノは、石化光線の謎を解く時やバイクを作る時は立場を忘れて千空といっしょに楽しんでしまう。この目的よりも行為自体が楽しくなって夢中になる姿は、ジャンプのバトル漫画で何度も見てきたものだ。

 戦いの中で敵のことを理解する関係(強敵と書いて友と呼ぶ)を科学者同士の議論で描いた、ジャンプ漫画ならではの心が通じ合う場面である。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報
『Dr.STONE』既刊20巻(ジャンプコミックス) 原作:稲垣理一郎
作画:Boichi
出版社:集英社
https://www.shonenjump.com/j/rensai/drstone.html

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