「料理は愛情」は呪縛になる? 『料理なんて愛なんて』著者・佐々木愛が語る、“アンチ料理小説”を書いた理由
好きなら〇〇すべき
――会社の後輩・坂間くんも、キーパーソンのひとりですよね。自炊信仰は皆無で、人付き合いを避けがちなタイプだけど、10代から70代までの赤の他人が疑似家族として暮らすリアリティ番組が好きで、自分もひそかにオーディションを受けているという。
佐々木:リアリティ番組って不思議なんですよね。いじわるな気持ちで観ながらも、観ていると“人”を好きになっていける感じがする。現実に人と関わるって、つらいことが多いじゃないですか。傷ついたり、怒らせたり、誰にも見せたくない自分をさらけださなきゃいけなかったり。でもリアリティ番組は、直接かかわらないまま人を知って、本質に触れられたような気持ちになる。無責任に他者を傍観できる。だから好きなのかしらと思ったのを、彼には託しました。
――以前、別のインタビューで、三谷幸喜作品を好きなのは、観ていると人間が好きになれる気がするから、とおっしゃっていて。それと近いものがあるのかなとも思ったんですが……「好きになれる気がする」ということは、あまり好きじゃない部分がある、ということでですか?
佐々木:ああ、そうですね……。人を好きになりたい、とはすごく思っているんですけれど、そう思っているということは、好きではないのかもしれないし、自分はとても冷たい人間なのでは、というのが、ここ数年の悩みです。
――坂間くんのセリフにも、ありましたよね。「『好き』とも『嫌い』とも決められないから『好きになりたい』と言い続けるとか、そういうのは『好きになりたい詐欺』なんじゃないかって。それがいちばん、馬鹿にしてて、ずるいんじゃないかって」と。
佐々木:私の中で、これが好きだと自信をもって言えるものって、あまりないんですよ。それは人に対しても。たとえば芸能人とか、誰かに心を一生懸命注げる人たちは、楽しそうだなって思いますし、自分以上に大事なものがあるというのも、素敵なことだと思うんです。それが言えない私は、けっきょく自分にしか興味のない人生を送っているんじゃないかと悩むことはあります。
――ああ……。優花って、真島さんのことを好きな気持ちは誰より強くて揺るぎないはずなのに、彼のために料理上手になることはどうしてもできない自分に葛藤しているわけですよね。それって、どんなに好きな相手がいたとしても、「自分」という枠を決して超えられない自分への絶望、みたいなのもあるんでしょうか。
佐々木:そうかもしれません。先ほど言った「なりたい自分に現世ではどう頑張ってもなれないんだと知ってしまったときの衝撃」と重なりますね。言われて納得しました。主人公は小説の中で引っ越しをしますが、引っ越しは「自分」のためだけなので、躊躇なくできちゃうんですね。あんなに面倒くさいことを、ぽんと気軽に。
――それでも、やっぱり、優花が真島さんを好きな気持ちに嘘はない。
佐々木:好きな人においしい料理を作ってあげたい、健康にいいものを食べて長生きしてほしい、とは思うけど、自分でそれを上手に与えてあげることはどうしてもできない。そういう人も、いると思うんです。……そうですね、その人のことを好きならきっと料理してあげたくなるはずだ、のような、好きなら〇〇すべき、愛してるなら○○するのがスタンダード、とされることにうまく適合できない感じを書きたかったです。
――初の長編小説を書きあげてみて、手応えとしてはいかがですか。
佐々木:客観的に読むと「なんだこれ、おもしろいぞ」とびっくりしましたが、自分で書いたのだと思いながら読むと、まだまだ書きたいようには書けてないなぁと。次はもっと書けるはずですので、今作も一人でも多くのかたに読んでいただけるといいなと思います。
■佐々木愛(ささき あい)
1986年生まれ。秋田県出身。青山学院大学文学部卒。「ひどい句点」で、2016年オール讀物新人賞を受賞。2019年、同作を収録した『プルースト効果の実験と結果』でデビュー。 ■書籍情報
『料理なんて愛なんて』
佐々木愛 著
定価:1,760円(税込)
出版社:文藝春秋
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