セクハラ、人種差別、宗教観……デリケートなテーマに切り込む『宝石商リチャード氏の謎鑑定』の魅力
第2部では宝石にまつわる謎解き要素は後退し、長編小説という形式を取りながら、物語に登場する人物のバックグラウンドをめぐる物語が展開された。この章から新たに、リチャードの過去に関係する元同僚と元教え子が登場する。リチャードに対して屈折した感情を抱く2人がさまざまな形で糸を引き、第2部を動かしてゆく。
物語のスケールはより一層グローバルになり、正義は世界各地を飛び回る。第7巻では「リチャードを助けて」というメールに導かれ、カリブ海を旅する豪華客船クルーズに乗り込み、第8巻ではリチャードの母に招かれて南仏プロヴァンスの屋敷を訪れる。舞台となる地が広範になっていくにつれて、社会的な問題にも向き合う姿勢はより強く打ち出された。セクシャルハラスメントや欧米におけるアジア人蔑視、スリランカの宗教暴動も、ストーリーとかかわる重要な要素として描かれている。
第2部を貫くテーマは、さまざまな愛のかたち、異文化コミュニケーション、そしてなぜ美しいものは悲しいのかという問いかけであろう。第9巻『邂逅の珊瑚』で正義は、世界各地で彼の人生に影響を与えた人たちと再び巡りあい、彼らとの対話を通じて自らの人生観を固めてゆく。とりわけリチャードの師匠シャウルが語る独自の宗教哲学は圧巻だ。さまざまな宗教の彷徨を経て、美に奉じて宝石商となった彼の語る言葉は奥深く、忘れがたい印象を残す。
この巻では、久しぶりに帰国した正義が日本で違和感を覚え、そんな自分に戸惑う姿も描写された。いわば母国であるはずの地で、“エトランジェ”となった正義の姿は、図らずも彼の成長と変化を浮かび上がらせてゆく。第2部の結末で、2年間にわたる異郷でのインターンを終えた正義は、将来の職業に関する重要な決断を下す。懐かしの銀座「エトランジェ」の風景で締めくくられた物語は、次はどこへ向かうのだろう。
安定した形式のなかでストーリーを深化させた第1部と、作者のメッセージと挑戦を感じさせた第2部。宝石を通じてさまざまな人生模様が映し出され、そこに稀有な絆で結ばれた男たちの物語が交わり、唯一無二のきらめきが生まれる。今はただ作者に労いの言葉を贈り、『宝石商』シリーズ第3部の幕開けを待ち続けたい。
■嵯峨景子
1979年、北海道生まれ。フリーライター。出版文化を中心に幅広いジャンルの調査や執筆を手がける。著書に『氷室冴子とその時代』や『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』など。Twitter:@k_saga
■書籍情報
『宝石商リチャード氏の謎鑑定』全10巻(第1部・第2部)完結
著者:辻村七子
レーベル:集英社オレンジ文庫
集英社オレンジ文庫内『宝石商リチャード氏の謎鑑定』ページ