セクハラ、人種差別、宗教観……デリケートなテーマに切り込む『宝石商リチャード氏の謎鑑定』の魅力

『宝石商リチャード氏の謎鑑定』第2部完結
シリーズ第1作『宝石商リチャード氏の謎鑑定』

 美貌のイギリス人宝石商リチャードと、正義感の強い大学生中田正義がコンビを組み、宝石にまつわる人の心の謎を解きほぐす。2015年から刊行中の『宝石商リチャード氏の謎鑑定』(辻村七子著、集英社オレンジ文庫)は、女性読者を中心に熱い支持を集め、2020年のアニメ化をきっかけにさらなるブレイクを果たした大人気シリーズだ。

 6月19日発売の第10巻『久遠の琥珀』をもって第2部は完結し、物語は区切りを迎えた。銀座の宝石店「エトランジェ」を舞台に、オムニバス形式の短編でジュエル・ミステリーを展開した第1部。それに対して第2部は長編小説へと形式を変え、物語も日本を離れてグローバルに展開するなど、第1部とは異なる作風で執筆された。ここでは『宝石商リチャード氏の謎鑑定』を取り上げ、それぞれ異なる魅力をもつ第1部と第2部を振り返りながら、シリーズの次なる展開に期待を寄せたい(なお本記事は、一部ネタバレを含む)。

 大学2年生の中田正義はある夜、公園で酔っ払いに絡まれている人を助けた。リチャード・ラナシンハ・ドヴルピアンと名乗る美しい男は、流暢な日本語を話すイギリス人で、国内外に顧客を抱える宝石商だという。それを知った正義は、リチャードに亡き祖母が遺したいわくつきの指輪の鑑定を依頼した。指輪をめぐる一件は予想外の結末を迎え、その後正義は、リチャードが拠点とする宝石店「エトランジェ」でアルバイトを始める。まっすぐな性格だが、迂闊な言動が厄介ごとを引き起こしがちな正義と、人間離れした美貌をもつミステリアスな宝石商リチャード。物語はやがて、宝石をめぐる謎解きから、リチャード自身の謎に迫る展開をたどることになる。

 各巻4話収録の短編形式で発表された第1部(第1巻~第6巻)では、エトランジェを訪れる客にまつわる宝石の謎を、リチャードがその鑑定眼と鋭い観察力で鮮やかに解き明かす。ルビーの鑑別を依頼した女性の真意、死んだバレリーナの呪いがかかったエメラルドのネックレス、行方不明になった恋人からもらったトルコ石……。

 美しい宝石に秘められた物語は、喜びや愛しさだけでなく、時には人間の心に潜む醜い感情をも暴きだす。第4巻『導きのラピスラズリ』ではリチャード自身の因縁にフォーカスし、とある伯爵家の愛憎劇が遺産の宝石を通じてあぶり出された。

 きらびやかな『宝石商』シリーズは、一方では家庭内暴力やセクシャルマイノリティの苦悩、人種差別など、センシティブな諸問題にも光を当ててゆく。デリケートなテーマに切り込んだうえで、ステレオタイプな表現に陥ることなく、繊細かつ生々しい感情をえぐり出す作者の筆致こそ、『宝石商』シリーズの真骨頂であると個人的には主張したい。正義と同じ大学の学生で、想い人でもある谷本晶子は、初めてエトランジェを訪れた印象を次のように語った。

「正義くんの話を聞いて、ここは外国人の店長さんが素敵な宝石を見せてくれるお店だと思ってたんですけど、ここは自分のことを『エトランジェ』だと思っている人たちに、とっても優しくしてくれるお店なんですね」(第6巻『転生のタンザナイト』)

 このセリフほど、『宝石商』第1部の本質を突く言葉はないだろう。そしてこのエピソードの直後、衝撃的なかたちで正義が抱える闇が暴露され、物語は怒涛の展開を経て第1完結を迎えた。

 『宝石商』第2部は、スリランカから始まる。大学を卒業した正義は、リチャードが勤める宝石店の本拠地スリランカでインターンとして働きながら、公務員試験の勉強を続けていた。日本を離れ、リチャードとも物理的な距離が生まれた正義は、異郷に身を置く“エトランジェ”となる。

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