『ハイパーハードボイルドグルメリポート』上出遼平が語る、テレビマンの矜持 「安易な物語に矮小化したくない」

『ハイパーハードボイルドグルメリポート』Pインタビュー

やっていることは編集でしかない

――先ほどの「わかりやすい物語」について、もう少し聞かせてください。上出さん自身は、「物語」や「フィクション」を自分で作ることに対してはどう思われるのでしょうか。

上出 物語を作ることは、世界を新たに作るくらい刺激的なことだと思うので、すごく憧れます。ただ、先述したように「物語」は悪い方向にも利用されるものだからこそ、ものすごくスリリングで難しいことだなと思っていて。物語は、今の生きている社会をつぶさに見て、そのからくりを一回、咀嚼してからようやく作れるものだと思っているので、60歳とか70歳になってからかもしれません。僕が今やってること自体は、完全な編集作業だと思っています。世の中にあったことを撮ってきて、切って貼って並び替えて見せているだけなので、クリエイターとして紹介されると、こそばゆい感じもします。僕というフィルターを通した編集、現実の見せ方でしかないと思っていて、特別クリエイティブなことをしているとは思いません。しかし、クリエイトしていないという態度だからこそ、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』という番組も本も作れたのだと思います。僕の解釈で捻じ曲げることもしないし、わからないことはわからないままにして置いておきたいという態度も、この本の裏テーマとなっています。「安易な物語に矮小化するのはやめませんか?」というメッセージが、『ハイパーハードボイルドグルメリポート』には入ってるんです。

――台湾のマフィアのところに行ったときもだし、ロシアのカルトと呼ばれている人たちの集落に行ったときもそうですが、向こうの見せたい「物語」を見せられて、落とし込まれそうになったとき、上出さんはかなり抵抗しているようにも見えました。

上出 僕自身も「物語」にしそうになることはあるんですよ。もう10年近くやっているとクセで、これはこういう起承転結の物語だなと思うときがある。でも、「いや、これはそんな簡単な話じゃないはずだ」と疑うようにしています。ケニアのときは顕著で、ストリートで多種多様な薬物を取り込みながらも生きている男と、ゴミ山で貧しい生活をしている青年と、そういう相反する男の物語とすることもできましたが、そこに留まらないんだということは意識していましたし、本の随所にも書いています。

――やっぱり番組を観ても本を読んでも、ケニアのジョセフのことが印象に残るんですよ。一日であんなに濃密な関係性になっても、彼を直接助けられるわけではない。その理由はなんとなくは自分でも理解できるんですが、それって何なんだろうなと。

上出 それも、僕がやってることが編集でしかないことに起因しているかもしれない。助けたいと思うことは自然なんだけど、「助けられる」と思うことは驕りです。僕たちは神様でもなんでもなくて、ただちょっとだけ裕福な国から来た異邦人なんですよね。「助けられる」と思うのなら、経済的な優劣において高いところにいるということに対して驕っているんだと思います。一人の人生を背負える覚悟もないですし。実は、よく「ジョセフを日本に連れてきたいので連絡先を教えてください」というようなメッセージがTwitterなどで来ることもあって。でも、それってジョセフにちゃんと聞かないといけないことだし、もしそんなことがあったら、死ぬまで責任を持たなければいけないことなんですよね。日本に来てからも、彼が差別される可能性などがあるかもしれないし。

――制度の問題とかもありますよね。

上出 そういうことを考えるときに思い出す衝撃的な出来事が、6年くらい前にありました。日本にケニアのストリートの子供を支援している施設があるんですね。日本の女性がやっていて、その方は人生を賭けてやっていてすごいし、僕も親しくしています。ある時、ケニアのボランティアの学生が日本に二週間くらいやってきて、いろいろ講演会なんかを回ったりしてケニアに帰っていったんですけど、その後、結論から言うと、彼は死んでしまったんですよ。ケニアに戻ってから、その施設の金庫からお金が無くなり、彼が盗んだということが判明して。彼女はそれについては何も言わずにいたんですけど、その後、彼は街中でも盗みを働いて捕まってしまい、公開リンチで亡くなってしまったんです。真面目な青年だったのに、たった二週間、日本に来ただけで様子が変わってしまうということを目の当たりにしたそうです。おそらく彼は日本に来て、圧倒的な格差を体感して絶望し、モラルを取り去ってしまったんじゃないかと。人を助けるのは、そう簡単なことではないんですよね。

――そんなことがあったんですね。『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の本を読んでみて、書くことを本業にしている人間からすると、上出さんの体験と文章の「凄み」に焦るんじゃないかと思ってしまいました。

上出 めちゃめちゃうれしいですね。テレビマンが仕事の後に残った体力で書いた本だとは思われたくなかったし、書いているときは本業そっちのけだったんです(笑)。そもそも、番組の劣化版だったら書きたくないし、下手の横好きで書いたものにお金を払ってもらうのは不誠実だと思っていました。書店にある紀行本と肩を並べられるものにならないなら、やめたほうがいいと思って、そのくらいの覚悟で書いたつもりではあるんです。最近、親指の爪が無くなるくらいエゴサをしてるんです。そこで、よく「文才が凄い」と言ってもらうこともあって、それはうれしいんですけど、本業作家には使わない褒め言葉じゃないですか。例えば、村上春樹に「文章がうまい」とは言わないわけで(笑)。いつかそう言われないくらいの力は身に付けたいです。

■書籍情報
『ハイパーハードボイルドグルメリポート』
上出遼平 著
価格:1980円(税込)
出版社:朝日新聞出版

■番組情報
『ハイパーハードボイルドグルメリポート』
Paraviでは4/1(水)オンエア最新作を独占見放題配信中。
さらに、スピンオフ「放送できなかったヤバい飯」を含むシリーズ全作を配信中。
◆Paravi
・ハイパーハードボイルドグルメリポート(#1~#6):https://www.paravi.jp/title/24596
・スピンオフ(#1~#4):https://www.paravi.jp/title/24638
・ウルトラハイパーハードボイルドグルメリポート(#1~#2、#1副音声版、スピンオフ):https://www.paravi.jp/title/43013
◆以下動画配信サイトでも配信中 ※過去作の一部のみ配信
・Netflix:https://www.netflix.com/jp/title/81029429
・Amazon:プライム・ビデオ ※レンタル配信
スピンオフ動画シリーズ#3「シベリア・カルト教団村編」を配信
テレビ東京公式YouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/user/TVTOKYO

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