文明が滅んだ地球で“普通のおじさん”がサバイバル? 『望郷太郎』が描く、ディストピアSFの新地平

おじさん×ディストピア漫画『望郷太郎』

 そんな中『望郷太郎』が異色作なのは、主人公の舞鶴太郎がおじさんだということだ。その辺りは「モーニング」のメイン読者層に合わせての設定だろうが、若者ではなくおじさんが主人公のサバイバルモノは珍しい。(『アイアムアヒーロー』の主人公は35歳の漫画家だが、大人になりきれていない中途半端な男として描かれていた)

 元々、舞鶴太郎は御曹司の社長。社長時代を回想する場面では、経営者としてはかなりのやり手で、社員のリストラ等の冷徹な判断を何度もおこなってきたことが暗示されている。その意味でも嫌な奴で、読者が感情移入しにくい存在だ。しかも守るべき家族もすでにおらず、日本に向かうのも「死に場所を求めて」というネガティブな動機。前向きな要素がまったくない。

 助けてくれたパルに対しても、警戒心を持っていて、自分の立場が危うくなるとすぐに裏切って逃げようとする。この辺りは大人の狡猾さを持ち合わせていると言えるが、同時に冷徹に成りきれない甘さもある。つまり良くも悪くも普通のおじさんで、決してヒーローではない。だからこそ太郎がどうなるかわからず、先の展開が全く読めないのが、本作の面白さだ。そんな太郎が文明の崩壊した野蛮な世界に放り込まれたことで、内なる野生を取り戻していく展開も見どころの一つ。

 文明が滅びた世界で狩猟や部族社会が蘇るという展開はサバイバルモノの定番だが、極限状態で浮上する人間の中にある原始的な本能を描く際に、線の太い山田の絵は実に活き活きしている。つまり、絵と物語の相性がとても良いのだ。

 最後に、文明崩壊後の未来を舞台にしたサバイバル漫画には、その時代における社会に対する不安や危機意識が強く現れるもので、時に作者の意図を超えて、時代の空気を掬い上げてしまう。

 『望郷太郎』も当初は気候変動に対する危機意識から連載が始まったのだろうが、新型コロナウィルスの世界的流行によって国家間の移動が難しくなることを踏まえて読むと、より切実な問題意識が伝わってくる。現代文明の在り方について世界中の人々が見直そうとしている今こそ、読まれるべき作品である。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報
『望郷太郎』既刊2巻発売中
(モーニング KC)
著者:山田芳裕
出版社:株式会社 講談社
https://morning.kodansha.co.jp/c/bokyotaro.html

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「書評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる