古井由吉は日本文学に何を遺したのか 82年の生涯を新鋭日本現代文学研究者が説く
古井由吉へのリスペクトを語る小説家はおおい。今回の訃報にふれて、高橋源一郎や島田雅彦、松浦寿輝、又吉直樹ほか、数多くの作家が追悼の意を表しており、古井の人望と影響力があらためてうかがえる。
後進との関係という面では、芥川賞選考委員としてのはたらきも見逃せない。85年から05年の20年間にわたり、古井は芥川選考委員を務め、後輩作家たちにかかわり続けた。古井は委員としての心がけをこう語る。「芥川賞については、「ジャッジではなくスカウト」というモットーで選考にあたっていました。(中略)新人の完成度と鮮烈さを兼ね備えたいい作品が出てくる時代であるはずがないと悟り、ちょっとでも芽があれば評価するようにしていました」。文学の終りがやかましく言われた時代に「それでも書くこと」の困難をだれよりも痛感してきた作家として、新人に寄り添う態度がよくあらわれた発言だと思う。じっさい、古井は山田詠美や奥泉光、平野啓一郎、中村文則など、現代文学を担う作家を早くから評価していた。その「芽」を見出された小説家たちにも注目したい。
おわろう。これからさき、未発表原稿のようなものが出てくるのかもしれないが、現状、古井のいちばん最後の小説の、いちばん最後の一節を、わたしたちに残された最後の言葉として紹介しておく。『新潮』に掲載された「春の雛」、「われもまた天に」に続く連作からの引用である。
これでさっぱりしたよ。世話になったな。雨があがって、夜も白んでくるようなので、そろそろ出かけることにするか。いや、また起きるには及ばない。/眠りこむ間際に、涼しい声が聞こえた。(古井由吉「雨上がりの出立」19年)
■竹永知弘
日本現代文学研究、ライター。おもな研究対象は「内向の世代」。1991年生。@tatatakenaga