新型コロナウイルスはなぜ、あっという間に感染拡大したのか? 地図で見る伝染病の歴史
新型コロナウイルスの報道が連日続き、改めて感染症の脅威やその社会的影響について議論が進む中、2月14日に日経ナショナルジオグラフィック社より注目したい書籍が発売された。医療ジャーナリストのヘンペル・サンドラ氏が著し、医学博士の竹田誠氏と竹田美文氏が日本語版の監修を務めた『ビジュアル パンデミック・マップ 伝染病の起源・拡大・根絶の歴史』だ。
人類が初めて、そして唯一根絶に成功した天然痘をはじめ、結核、コレラ、黄熱、エボラ出血熱、そして2002年末から2003年前半にかけて世界中で猛威をふるったSARSなど、代表的な伝染病がどのように広まっていったのかを、見た目にもわかりやすい「感染地図」とともに記した本書は、人類と伝染病との数世紀に渡る戦いの歴史を概観するとともに、国家や文明間における交流の足跡を辿る一冊でもある。
感染地図は、1854年にロンドン・ソーホー地区でコレラが大流行したときに、イギリスの医師であるジョン・スノウが初めて作り、以来、伝染病の解明に大きく寄与してきた。スノウは、コレラの感染源を汚染された飲料水だと考え、自説を証明するためにソーホー地区の家を一軒ずつ訪ね歩き、集めた情報を市街地図に重ねていった。その結果、死者の大多数がブロードストリートの井戸周辺に集中していることがわかり、感染源が飲料水であることを突き止めたのである。伝染病の発生率や分布、決定因子などを研究する疫学者が「医学探偵」とも呼ばれるのは、こうした調査を行なっているからだ。
さて、多くの読者が特に気になるのは、やはり中国南部の広東省で発生したコロナウイルスの一種であるSARSの項だろう。本書では、SARSの特色として「あっという間の感染拡大」を強調している。広東省でこの病気の治療に当たっていた医師の1人は、結婚式に出席するために香港に向かうが、チェックインしたホテルで体調を崩して数日後に死亡する。医師がホテルに滞在していた期間は24時間にも満たなかったが、近くの部屋に泊まっていた宿泊客に感染。その中の1人はカナダ人女性で、2日後にトロントへと戻り死亡。その後の数週間で、カナダではおよそ400人が同様の症状を訴えることになる。一方、同じホテルに宿泊していた中国系米国人はベトナムに向かう飛行機の機内で具合が悪くなり、ハノイの病院で死亡。医療スタッフや他の患者に感染が広がった。その後、ハノイを拠点に活動していたイタリア人医師のカルロ・ウルバニ(SARS感染により死亡)が、今までにない未知の感染症だと結論付け、WHOに警戒態勢を敷くよう連絡。賛否はあったものの、多数の新規患者を特定して隔離したことで、さらなる感染拡大を防止することに繋がったという。
コロナウイルス自体はありふれたもので、通常は重症化することはなく、普通の風邪程度ですむのだが、SARS以降の新型コロナウイルスは命を脅かす存在であり、今なお解明されていない部分も多い。また、国際化が進み、多くの人々が世界中を旅することが可能になったことで、以前では考えられないスピードで感染が広がる点も脅威的だ。一方、感染症拡大に対する予防策として、人道的な問題を孕みながらも、昔からの方法である隔離を行う必要がある点も憂慮すべきだろう。現在、猛威をふるっている新型コロナウイルスが中国経済に深刻なダメージを与え、世界中の経済にも大きな影響が出始めている点も見逃せない。