橋本治が問いかけた、少年マンガと少年たちの宿命ーー未完の名著『熱血シュークリーム』を読む

橋本治が問いかけた、少年マンガと少年たちの宿命ーー未完の名著『熱血シュークリーム』を読む

 今年の1月29日に亡くなった作家・橋本治には様々な顔があった。

 1977年に『桃尻娘』で小説現代新人賞佳作を受賞して小説家となった橋本は、それ以前はイラストレーターとして活躍しており「とめてくれるなおっかさん 背中のいちょうが泣いている 男東大どこへ行く」というコピーで有名な1968年の東京大学駒場祭のポスターを手掛けた存在としても知られていた。

 小説だけでなく、少女マンガ評論『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』を筆頭とするカルチャー評論や、『桃尻後訳 枕草子』以降の『源氏物語』や『古事記』といった古典の現代語訳などを執筆、他にも人生相談からセーターの編み方まで、その仕事量はあまりにも膨大で多岐にわたるため、すべての作品を把握している人は、ほとんどいないのではないかと思う。

 しつこく丁寧にものごとを噛み砕いて語ろうとする饒舌な文章は、わかりやすいと言えばわかりやすいのだが、くどいと言えばあまりにくどい語り口であるため、普段、本を読まない若い人の入り口としてはとてもわかりやすい。しかし、読み手に知識がついてくると鬱陶しくなってしまい、ある時期が来ると読者の多くは卒業してしまう。そういう損な役回りの作家だった。

 橋本のような作家・評論家はどのジャンルにもいて、生前は評価されないものだが、亡くなった後、今まで絶版になっていた著作が次々刊行される状況をみていると、なるほど、人はこういう形で歴史化していくのかと思わされる。

 今回紹介する『熱血シュークリーム 橋本治少年マンガ読本』(毎日新聞出版)もまた、82年に刊行されて以降、幻の一作となっていた評論だ。しかも本作は上下巻の予定だったが下巻は刊行されていないという未完の書である。もしも下巻が刊行されていれば、『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』と並ぶマンガ評論の金字塔となったのかもしれないが、本書を読んでいると(それが橋本の意図だったかどうかは別にして)あらかじめ未完であることが定められていたようにも感じる。

 本書は全4章の構成となっている。「はじめに 少年マンガの特殊性」でイギリスとアメリカと日本の児童文学の在り方の違いを語った後、第一章で『あしたのジョー』を中心としたちばてつや論を展開し、第二章では『AKIRA』以前の大友克洋について描写の観点から語る。そして第三章は、カケアミや集中線といった漫画のエフェクトを題材にした「マンガのSFX」を考察し、最後の第四章「少年マンガの世界」では他の媒体で書かれたマンガ評が掲載されている。

 執筆が1980年代初頭であるため、今読むとピンとこないこともあるが、根底にあるテーマは古びていない。本書で橋本が少年マンガという枠組みを通して考察しているのは、少年という中途半端な存在が、いかにして成長するかという命題である。こう書くと教養小説的な成熟の問題を扱っているようにみえるのだが、橋本がボクシング漫画『あしたのジョー』を筆頭とする少年マンガに見出したテーマは、子供と大人の間に存在する少年がどうすれば大人になれるのかということではなく、少年が少年のまま成熟した存在になるにはどうすればいいのか? という格闘の歴史である。

 橋本は『あしたのジョー』の「あした」とは未来の可能性であり、本作は「少年達が“あした”に辿りつけないことを徹底的にあぶり出して終る」と言う。だから主人公の矢吹丈は大人の象徴であるホセ・メンドーサと対決し、最後は真っ白な灰に燃え尽きる。

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