グループを背負う責任と覚悟 高橋みなみ、横山由依、向井地美音……AKB48 歴代総監督の功績

 AKB48 向井地美音が、グループからの卒業を発表した。

 2013年に15歳でAKB48に加入した向井地。2014年、大島優子から「ヘビーローテーション」センターポジションの後継者に指名されると、同年に38thシングル『希望的リフレイン』で初選抜入り。2016年には44thシングル『翼はいらない』で、表題曲としては初のセンターを務めた。2018年に行われた『AKB48 53rdシングル 世界選抜総選挙 ~世界のセンターは誰だ?~』では、スピーチのなかで「いつの日かグループの総監督になりたい」と宣言。2019年に横山由依から受け継ぐ形で、AKB48グループ総監督に就任し、2024年に、現在総監督を務める倉野尾成美に継承するまで、およそ5年ものあいだ、総監督という看板を背負い続けていた。

【MV full】 翼はいらない / AKB48[公式]

 歴代の総監督メンバーの就任期間を振り返ると、初代総監督の高橋みなみが2012年8月から2015年12月までのおよそ3年4カ月、2代目の横山が2015年12月から2019年3月までのおよそ3年3カ月、そして向井地が2019年4月から2024年3月までのおよそ4年11カ月と、向井地がこれまでで最も長い期間、総監督を務めていたことになる。

グループの礎を築いた高橋みなみ

 いわゆる黄金期に突入し、姉妹グループが増え始めた大所帯のAKB48グループ全体を総監督としてまとめ上げた高橋。総監督に任命されたのは、グループが夢に見ていた東京ドームでのことだった。100人以上もいるコンサート現場で、拡声器を使ってメンバーに叱咤激励をしていた姿は、あまりにも有名だろう。「AKB48とは、高橋みなみのことである」とは、オーディションではまともに話すこともできなかった人見知りの彼女が、夢のためにただひたすら努力する姿を、AKB48のコンセプトと重ねた秋元康の言葉だ。

 今よりもマス向けの言葉が求められていた時代――その象徴と言えるのが、地上波で生中継までされていた『AKB48選抜総選挙』だった。高橋が『総選挙』で常に語っていた「努力は必ず報われる」という言葉はメンバーからネタにされ始めてもいた。しかし、その言葉の真意には「頑張っている人が報われてほしい」という思いがあった。努力だけではどうしようもないことがあるというのは、AKB48自体が証明してもいた。しかし、それでも見ていてくれる人は必ずいるのだというメッセージは、メンバーだけでなく、見ている多くの人の心も掴んだ。秋元が絶賛するそのリーダーシップはカリスマ的なところもあるが、グループを鼓舞しながらまとめ上げる統率力、そして何よりも努力を体現する姿は、総監督としてのロールモデルとして完成していた。

【MV full】 RIVER / AKB48 [公式]

“集団”としてのAKB48を作り上げた横山由依

 横山が2代目総監督を務めた約3年間は、高橋をはじめとする前田敦子や大島といったレジェンドメンバーが卒業し、人気に陰りを見せる一方で、公式ライバルとして誕生した乃木坂46が勢いを増す、AKB48にとっての冬の時代。高橋のようなリーダーシップを取ることができず、総監督として思い悩むこともあったが、「私は私でいいんだ」という考え方にたどり着くことで、メンバーと同じ目線に立ち一丸となってグループを進めていく、新たなキャプテンシーを確立した。一人ひとりの個性が強かった1、2期生に対して、“集団としてのまとまりを強くしていく”という方向性を自ら立ち上げ、“変化していくグループ”としてのAKB48の土台を築き、現在まで繋がる柔軟性を作り上げたのは彼女の功績と言えるだろう。

 地元の京都から深夜バスに乗ってAKB48劇場へと通っていた努力家の横山。卒業コンサートでは“由依”が、人と人とを結ぶことに由来して両親がつけた名前であり、「たかみなさん(高橋)から美音に総監督を繋いでいけたし、AKB48の歴史を結んでこれたのかなと思うと、私は2代目総監督としての役目を終えたんだなという気持ちになっている」と話していた。

【MV full】君がいなくなる12月<横山由依卒業ソング> / AKB48[公式]

誰よりも大きな“AKB48愛”で苦難を乗り越えた向井地美音

 歴代の総監督に共通しているのは、努力する姿とAKB48愛。2018年に行われた『AKB48グループ センター試験』にて、2位に大差をつけて1位となった向井地は、ファン目線も持つグループきってのAKB48愛に溢れたメンバーだ。向井地が総監督を務めた5年間は、グループの歴史のなかでも最もつらく、険しい期間だったと思う。それがコロナ禍、そして2020年の『NHK紅白歌合戦』(NHK総合)落選である。

 先述した横山の卒業コンサートもコロナ禍に行われ、全てのメンバーがステージに上がれるわけではなかった。グループが必死にもがくなかで、向井地は、メンバーが自宅から歌を届けた「365日の紙飛行機(おうちver.)」を自身で編集するなど、SNSでの発信に力を入れ、ファンとメンバー、スタッフの関係性をより強固なものにしていった印象だ。グループとして集まることができない今、AKB48としての集団から、メンバーが個々で強くなるチャンス――ドキュメンタリー『コロナ禍のAKB48~総監督 向井地美音とAKB48の現在地とこれから~前編』で描かれているように、『AKB48 2029ラジオ〜10年後の君へ〜』(ニッポン放送)でともにパーソナリティを務めたカズレーザー(メイプル超合金)のアドバイスを受け、向井地はメンバー目線に立つ先代のスタイルは変えずに、一人ひとりの魅力を輝かせるという総監督としてのリーダーシップスタイルの変更で苦難を乗り切ったことが、彼女の大きな功績だろう。

【まるごと映像倉庫】コロナ禍のAKB48~総監督 向井地美音とAKB48の現在地とこれから~前編

 向井地の卒業に際して、高橋は自身のSNSにて「3代目総監督として大変な時期を乗り越えてくれて本当にありがとう。なるも言ってたけど先輩と後輩を繋いでくれた。あなたはAKB48の時代の架け橋でした」(なる=倉野尾/※1)と労いの言葉を送っている。12年という、高橋を上回る期間、AKB48に在籍している向井地は、大島や高橋といったレジェンドメンバーの背中を見てきた、今では数少ない現役メンバーとなった。

 12月4日から7日にかけて開催された、結成20周年記念コンサート『AKB48 20th Year Live Tour 2025 in 日本武道館 ~あの頃、青春でした。これから、青春です~』で、現役の総監督としてグループをまとめたのは倉野尾。指原莉乃や板野友美にその佇まいを称賛されるなど、4代目総監督としての役割を果たしている。同時に、その架け橋として存在していたのが向井地だった。

 高橋は20周年応援総団長として、日本武道館公演のセットリストを自ら考案。限界を突破した「根も葉もRumor」では、現役時代からの変わらぬ努力を体現しながら、「愛しさのアクセル」では歴代の総監督4人が一堂に介し、そのバトンが繋がれていくような演出もあった。

 2017年に開催された『AKB48 向井地美音ソロコンサート ~大声でいま伝えたいことがある~』での「20周年まで居続けたい」という目標を見事に叶え、2026年4月3日の卒業コンサートでグループを旅立つ向井地。年末には『Mステ SUPER LIVE 2025』(テレビ朝日系)への出演を経て、『第67回 輝く!日本レコード大賞』(TBS系)、そして悲願の『第76回NHK紅白歌合戦』が控えており、その全てにOGメンバーが出演する。21年目という“第2期黄金時代”の幕開けに、グループがさらなる勢いをつけるチャンス。その架け橋となるのが向井地と倉野尾の役割である。

※1:https://x.com/taka4848mina/status/1999461852942860406

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