なとり、初の武道館で証明した“ライブアーティスト”としての真価 五感を揺さぶる総合芸術、『深海』の核心

「クローゼットに閉じこもっていた人間に、こんなにも大勢の人がいてくれることが、とっても嬉しいです」。なとりはライブの終盤、「泣きそう」とこぼしながらそう語った。
また、なとりはこうも言った。「俺は先輩アーティストたちのライブを観て憧れてきた。俺の音楽を聴いてくれているガキどもから(笑)、いつか武道館に立って『なとりさん、お前の背中を刺すためにここまでやってきたんだ』って言ってくれるやつが出てきたら……それが一番の夢」。
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“真似できないスピード”の裏側にある、忍耐強く緻密な積み重ね
SNSを通じてオリジナル曲を世界に発表してから、4年。初めてのライブから、たった2年。2026年2月18・19日、なとりは初の日本武道館単独公演2DAYSを実現した「SPEED」の歌詞になぞらえて言うならば〈すべてを振り切るスピード〉であり、「DRESSING ROOM」的に言えば〈真似できないスピード〉だ。
なぜ、なとりはこれほどの速さで人気を獲得したのか。こんなにも短期間で、先輩アーティストに憧れる立場から、下の世代に憧れさせる存在になったのはどうしてか。『なとり 3rd ONE-MAN LIVE「深海」』には、その理由が詰め込まれていた。
「初投稿から4年、初ライブから2年」と書くと、ここまで駆け抜けるように怒涛の活動を行ってきたのかと感じるかもしれないが、取材やライブ企画などを通してなとりを近くで見させてもらってきた実感として、目先の成果に囚われることなく一つひとつのクリエイティブを忍耐強く作り込んで、その積み重ねとして現在地に辿り着いている印象がある。そうして“なとり”という世界観を丁寧に築き上げてきた。

なとりの作品を見ていて、いつも「すごいな」と思うことがある。なとりは顔出しをしていないアーティストで、MV・ジャケット・グッズ・雑誌などにはイラストで登場するが、作品によって異なるイラストレーターを起用しているにもかかわらず“なとりの世界観”が強固にできあがっているのだ。いろんな作品を並べて見てみてほしい。各ビジュアルでイラストレーターのタッチがしっかりと生きていながら、全体を通して統一された“なとりの世界観”が確立していることを感じるだろう。これは、簡単にできることではない。これが成し得るのは、“なとりの世界観”の美学を明確にし、それを言語化する力も、クリエイターへのリスペクトも、複数の人間のあいだで共有するスキルも持ち合わせているから。
そういった積み重ねが集結し、単なる音楽ライブにとどまらず、総合芸術としての“なとりの世界観”で魅せたのが『なとり 3rd ONE-MAN LIVE「深海」』だった。開場中から深海へと誘うように海の底の映像や藍色の照明、水中の音が武道館全体を染め上げ、開演時間になると「うみのそこでまってる」が流れ始め、「セレナーデ」のイントロとともに両手を広げて高台に立つなとりが登場。そうしてオーディエンスを冒頭から感動させたあとも、なとりの歌とギター、バンド(Gt. TAIKING(Suchmos)、Ba. 西月麗音、Key. モチヅキヤスノリ、Dr. 神田リョウ、Sax/Fl. ジョージ林(BREIMEN))による演奏、LEDスクリーンを使った映像、照明を、各曲に合わせて緻密に練り上げた。
「ヘルプミーテイクミー」では頭の中のカオスや焦燥感を、サウンドだけでなく文字の羅列が流れる映像で表現。「EAT」では6人のダンサーが登場するとともに炎が上がり、「フライデー・ナイト」ではオーディエンスがシンガロングしている様子をスクリーンに映して一体感を盛り立てた。「プロポーズ」ではMVがそうであるように、楽曲のシンプルさと“どう頑張っても普通”な僕の派手ではないプロポーズに合わせて、ただ真っ白な世界になとりを映し出した。なとり史上最高のバラードだと言いたくなるほどの傑作「恋する季節」では、柑橘系の香りが放たれる中、男女のダンサーが舞った。ラストの「金木犀」でもキンモクセイの香りが武道館を満たし、五感を刺激しながら楽曲を表現した。


そうして1曲ごとを総合芸術で魅せる中で、なとりの音楽性の幅広さとユニークさも際立った。中盤は「ここからは踊る時間がやってきます。あんたらの大好きなダンスタイムいけますか!」という合図で、ステージがピンク色に染まりミラーボールが回りだして武道館がダンスフロアへと変貌。「DRESSING ROOM」と「非常口 逃げてみた」をYohji IgarashiによるRemixバージョンで披露し、そこになとりを世界に知らしめるきっかけとなった「Overdose」を畳み掛けた。そのあとは、「にわかには信じがたいものです」、「君と電波塔の交信」、「IN_MY_HEAD」、「絶対零度」と、ギターロック要素を大放出しオーディエンスを暴れさせた。そして終盤には弦楽四重奏を引き連れて、「糸電話」、「バースデイ・ソング」、「金木犀」を披露したのだ。

ボカロミュージックを一番深いルーツとしながら、BPMの速い激しいロック、打ち込みのダンスミュージック、ジョージ林の管楽器が映えるブラックミュージック、良質なメロディが生きるバラードなどから、自身の感情を表現するための音を自由に選び取れるなとりのすごさが、全21曲のライブを多彩なものにしていたと同時に、それこそがひとつのシーンだけでなく世界中にいるリスナーを楽しませている要因であることを証明していた。























