「石井恵梨子のライブハウス直送」Vol.8:荒井由美のコピーから始まった乙女絵画の“青い炎” 正気と狂気がせめぎ合う音楽

ライブハウスで見つけた若手、「なんじゃこれは」と思う音を出す気鋭のバンドについて書く。直談判してその場で話も聞かせてもらう。そんな当連載が始まったのはコロナ禍以前のこと。2019年の秋に登場願ったのが、betcover!!だった。当時ソングライターの柳瀬二郎はまだ20歳。アルバム『中学生』を発表し、宅録からいよいよバンド表現へとシフトしていく最中だった。
その後のbetcover!!の飛躍については説明も不要だろう。銀幕の世界から飛び出したようなストーリーテリングと怪しいエロス、そしてジャズと昭和歌謡の組み合わせは、アンテナの鋭い当時の10代にただならぬ衝撃を与えている。もちろん最初は「何これ、面白い!」であり、「自分も真似してみたい」程度だったかもしれない。ただ、そこから5、6年が経った今、彼の蒔いた種はさまざまな形で芽を出し始めている。
2025年6月23日、下北沢近松。ここでteiichiとの共催企画『スティーブンソン2-18』を行った乙女絵画は、その筆頭株だ。拠点は札幌。パンパンに埋まったフロアの観客は総じて若く、バンドも20代前半、まだ多くのメンバーが北海道大学在学中と十分に若い。

「自分のやりたいことがよくわからなかった高校3年の時にbetcover!!の『NOBORU』が(検索したら)出て。受験中の一年間で自分のこれからを真剣に考えたんですね。これが本当に好きだ、大学で絶対バンドやろうって思えた、そういう発見のきっかけをくれた存在が柳瀬二郎かもしれない」とは、佐々木優人(Vo/Gt)の弁。「影響は本当に強いけど、今はそこから離れて、自分のやりたいことを探せるようになってきた」と金城昂希(Gt)が補足する。
乙女絵画のやりたいこととは何か。ライブを観て気づくのは、5人編成、トリプルギター編成(うち、ギターの吉田嵩飛はキーボードも兼任)ながら、とにかく音が小さいことである。お互いに耳を澄まし、消え入りそうな単音を重ね合う、Radioheadくらい繊細なアンサンブル。ドラムはシンバルでリズムを添えるだけで、スネアの出番がまったくない曲もある。ライブハウスで暴れる系の、バカスカやかましいロックンロールを通っていないこと、性格的にも派手な奏法が向いていないことが要因らしいが、「爆音で感動させるって、もう結構踏まれた轍なのかなと思います」と金城が鋭いことを言う。

バンドが荒井由美のコピーから始まったというのも興味深い話だ。作曲者の佐々木が母の影響で安全地帯を聴いていたことも大きく、どの曲にも、まず艶っぽくとろける歌が、ロマンティックな詩情が生まれた。そして、それを引き立てるための静的な演奏。昭和カルチャーを「逆にエモい」とはしゃいで扱う様子はなく、面白おかしく新解釈を加える“レトロ再発見”の匂いもない。彼らは自分自身の血や肉を見つめるように、昭和歌謡と向き合い始めたのだ。
「僕が精神的にテーマにしていることって、見つめ続けること、燃え続けること、失い続けることの3つで。あと、乙女絵画としては炎みたいなバンドになりたいとも思ってます。燃え盛るんじゃなくて、静かに燃えるもの。ずっと消えない青い炎のイメージ。それを本気で追いかけたい」(佐々木)

ひとつのものを追い続ける探究心ゆえ、その音はどんどん内向的になる。1stアルバムが出た2023年はそうでもなかったが、昨年のEP『境界』から急に出てきたのは、夢心地のなかに滲み出す死の匂い、みたいなものだった。古きよき歌謡曲かと思えたものが、かなりヤバいサイケデリック、もしくはディープなアシッドフォークに近いものだと気づかされる感覚。この作品から乙女絵画の名前は全国区へと広がり、都内ライブには次々と人が集まるようになった。今はその過程。佐々木がMCで柔らかい笑顔を見せる。「東京にくるたび、知ってる顔が増えていくのが嬉しいです」。
このあとに続くのは『境界』から「風の模様」。マイナー調のアルペジオに始まり、儚い歌メロがしっとり溶けていくナンバーだ。音源ではほんの2分弱の小品だが、実際のライブでは後半のアレンジが大きく変化。互いの囁き声を合わせるようだった演奏が、一気に熱を帯びてユニゾンの爆音へ、さらにノイズへと発展していく。ほとんどの曲が静的だからこそ、このギャップにはものすごいカタルシスが宿る。暴れたいから暴れている単純さはない。あと一歩で壊れそうな、それでもギリギリ美しく均衡を保とうとしているような、正気と狂気のせめぎ合い。そういうものまで表現しているのが現在の乙女絵画だ。























