竹原ピストルがキャリアを重ねて手にした自然体の強さ “言葉の群れ”から生まれた『すうぉ~む!!』を語る

印象的なフレーズが散りばめられた「今日は成人の日」、WEST.提供曲のセルフカバーも
——「椿の花は尚赤い」は抒情的なメロディと、ハッとするような情景描写が混ざり合う楽曲です。
竹原:この曲はコロナ禍の時に書きました。まさに緊急事態宣言の時期だったんですけど、やることがないので、毎日のように家の近所の山道を散歩してたんです。椿ってあまり縁起のいい花とされてないんですけど、ボトンと落ちた椿の花が道一面に広がってて。夢の中みたいな光景だなって思って曲にしたんですけど、まあ、散歩道の歌ですね。
——〈当てはなくても果てはある。〉という歌詞も当時の心境ですか?
竹原:うん、そうですね。「これからどうなるんだろう?」という時期だったし、「自分はどこに向かってるんだろう?」と不安になることもあったけど、よくよく考えると「それでもちゃんと果てはあるよな」と。どうなるかわからないけど、心配すんな、ちゃんと終わりはくるからっていう。もともと気に入ってはいたんですよ。今回のアルバムには結構古い曲も入っていて、「月明かり」は10年くらい前かな? 「今日は成人の日」もそれくらいの時期の曲ですね。
——「今日は成人の日」の〈これからの出来事をゆううつにも思ったでしょう〉も印象的でした。20歳の時に聴きたかった。
竹原:そう言ってもらえると嬉しいです(笑)。今は18歳で成人らしいですけど、僕らのときは20歳で。この曲を書いたのは30代でしたけど、「成人式だからと言って、“やったるぜ”みたいな気分になれない子だっているんじゃないか」と思って。「ここまで超しんどかったし、これからもしんどいだろう」と憂鬱になってる子たちに、「まあ、そんなもんか」とちょっとホッとしてもらえたらなと。厚かましくておこがましい話なんですけどね。
——竹原さんが20歳の時は、大学でボクシングをでやられていましたよね?
竹原:はい、めちゃくちゃボクシングやってましたね。成人式には出席したんですけど、区切りでも何でもなかったし、「だから何だよ」って引いたところから見てた気がします。別に悶々としてたわけではなくて、やることが明確でよかったんですけどね、その頃は。この曲も気に入ってたので、収録できてよかったです。
——昔の曲を引っ張ってくるのは、何かきっかけがあるんですか?
竹原:いくつかあるんですけど、ライブアルバムを出す時に、「このツアー中の音源を全部録音する」ということになったのも大きかったですね。ライブ盤の曲数を豊富にするために、毎日ちょいちょいセットリストを替えてて。久しぶりにやる曲だったり、「どうかわからないけど、やってみるか」という曲もあったんですけど、「今日は成人の日」もそのなかの1曲だったんです。で、やってみると「やっぱりいいな」と思ってアルバムに入れた感じですね。成人式や年齢に関係なく、この曲を聴いてホッとする人もいるんじゃねえかなと思ったし、それがなければ、埋もれたままになってたかもしれないですね。
——そして「ぼくらしく」はWEST.への提供曲のセルフカバー。WEST.では重岡大毅さん、藤井流星さんが歌唱していましたが、初の楽曲提供はどうでしたか?
竹原:「こんなに嬉しいことなのか」と思いました。お二方がすげえ素敵に歌ってくださったし、ぜひコンサートにも行きたいと思ったんですけど、取れないんですよ、チケットが。
——まともに取ろうとしても取れないのでは……。
竹原:でも、まともに取らないと意味がねえと思って。頑張ったんですけど、ダメでした(笑)。ライブに行ったファンの方から「『ぼくらしく』を歌うと会場がホッコリした」みたいな感想が聞こえてきて、余計に「その光景を見たかった」と思いました。自分でもめちゃめちゃ気に入ってた曲だったので、提供したことを大いに自慢しつつ、ライブで歌ってたんですよ。生で歌っていくとやっぱり愛着が湧いてきて、アルバムにも入れてえなと。
——まずはライブで歌って感触を確かめるというか。そのスタンスも変わってないですよね。
竹原:先に音源を出してからライブでやることはまずなくて、ほとんどは先にライブで歌っちゃいますね。その中で歌詞やアレンジを変えることもあるんですよ。たとえば「次のライブでは、間奏をカットしてみよう」だったり。そういう一工夫で反応は変わってくるし、それを知るためにはやっぱりライブでやらないと。

——「ゆきちゃんゆきずりゆきのまち」は、冬の情景が脳裏に浮かぶフォーキーな楽曲。この曲も既にライブで歌っているんですか?
竹原:歌ってるんですけど、すげえ苦手で。そんなに難しいメロディじゃないはずなんだけど、上手く当てられない音程がいくつもあって、レコーディングもだいぶ苦戦したんですよ。目下練習中です。
——この曲はギターの演奏も素晴らしいですね。
竹原:これは高田漣さんに弾いていただきました。「こっ恥ずかしいくらいの“ド”フォークにしたいです」とお願いしたんですけど、本当にすごくて。いつの頃からか、絶対に欠かせないミュージシャンのお一人ですね、僕にとっては。この曲を書いたのもだいぶ前で、ディレクターさんに“雪”というお題を出されたんですよ。当時はそういう“お題遊び”みたいなことをよくやってて、そのうちの1つです。思い描いていたのは、大学時代の雪景色ですね。イメージは北海道の港町なんですけど、漁師さんたちが海から戻ってきて、さびれた繁華街で昼間から飲んで、カラオケ屋から歌が聴こえてくるっていう。
——昭和の光景みたいですね……。「冬の星」はミクスチャー系のトラックと民謡のようなメロディが重なっていて。このアイデアはどこから出てきたんですか?
竹原:デモの段階からそんな雰囲気でしたね。太鼓が鳴ってて、ヘビィなサウンドも入ってて、和風で。サビも歌詞も俳句を3つ並べたような感じですからね。
——日本を想起させるメロディや歌詞に惹かれるところも?
竹原:もちろん曲にもよるんですけど、そっちに傾けていきたいと思うこともありますね。アレンジはさておき、「日本人が作った日本の歌だなと思ってほしい」という意識でメロディを考えたり。民謡とか“●●節”もそうですけど、シンプルなのに、すごく広い風景が伝わるじゃないですか。俳句なんてその最たるもので、削って削って、「これだけの言葉数なのに、こんなにもすごい情景や思いを伝えられるのか」という。そこに憧れがあるし、課題でもあると思ってます。僕は放っておくと、バーッと書いてしまうので。
——「s.o.s.」も、シンプルがゆえの深さを感じる楽曲だと思いました。〈私がいないとこなんてどこにもない〉という歌詞もそうですけど、孤独を肯定してもらってる感覚があって。
竹原:この曲もたしか、コロナの時期に書いた曲だと思います。そんなに悶々としてたわけはないんですけど、ふと、こういうことを歌いたくなったんですよね。……上手く言えないんですけど、ライブに来てくださってるお客さんには、一体感とかそういうのはどうでもいいから、ずっと一人ぼっちのままで聴いてってくれよっていう思いもあって。その人の得意/不得意もあるでしょうけど、周りが盛り上がってる中でポツンと聴いてていいし、逆に1人だけで盛り上がってもいいし。そういう気持ちが反映されてるかもしれないです、「s.o.s.」は。