ドラマ『夫の家庭を壊すまで』松本まりか×ざきのすけ。特別対談 表現者同士のリスペクトが生んだ制作秘話
松本まりか主演のドラマ『夫の家庭を壊すまで』(テレ東系)が、大反響のままついに最終回を迎えた。テレ東ドラマでは歴代初の作品総再生数が3000万回に到達した本作は、いわゆる“サレ妻”の復讐劇に留まらず、多面的な心の内を描いて視聴者の共感を集めた。その作品世界になくてはならない存在として、初回からインパクトを与え、回を重ねるにごとに本編と強くリンクしていくように感じさせたのが、7月9日に配信リリースされた、ざきのすけ。による主題歌「down under」だ。
如月みのりを演じた松本と、ざきのすけ。のスペシャル対談が実現。ふたりだからこそのエピソードが次から次へと飛び出した。また、アーティスト、俳優と職業は違えど、ともに表現者である彼ら。やりとりから、互いへのリスペクトと、曲や作品を「届ける」ことへの痛いほど誠実な姿勢が伝わってきた。(望月ふみ)
『カテコワ』で組む前からお互いにファンだった?
――早速ですが、今回のような主演と主題歌アーティストの対談は貴重ですね。
ざきのすけ。:僕、もともとゲーマーで、松本さんはゲーム『FINAL FANTASY X』のリュックを演じられていたので、その時からのファンなんです。『夫の家庭を壊すまで』の狂気的な演技もすごくて。
松本:私の方こそ、ざきのすけ。さんは類まれな才能の持ち主の方だと、初めてパフォーマンスを拝見したときから思っていました。「え、この人誰? オーマイガー!」ってなりました。
ざきのすけ。:えっ、超嬉しいです。
――今回は、主演と主題歌という形でのタッグでした。まずは決まったときの、本作への印象を教えてください。
松本:息をつかせぬ怒涛の展開のすごい作品だと思いました。ただ内容が不倫、復讐、不倫、復讐なので(苦笑)、「私、こんなに黒い心を持てるのかな。“サレ妻”という、ここまで傷ついた人物を演じるのはすごいハードルだな。今の私にその資格があるのかな」と思いました。なにしろ数日前まで『ミス・ターゲット』(テレビ朝日系)というピースフルなお話をやってからのクランクインだったので、正直、身体的にも心身的にも拒否感があったんです。でもこの役をやるのならば、私も本当に同じ痛みを感じなければいけないと思いました。「不倫だ、復讐だ」「やった、やられた」みたいに、安直に、生半可な軽い気持ちで演じてはいけないなと。
――単なる「不倫モノ」にはしたくないと。
松本:「不倫モノ」って、今たくさん作られていますよね。でもこの作品を、3カ月で過ぎていく色物扱いされるような作品にはしたくなかったんです。なぜこの作品を作るのか、その意味を考え抜いて、私たちは何を皆さんに届けたいのか。「不倫モノって、みんな好きだよね」「悪いやつをやっつけたいよね」「傷つけられたら傷つけ返したいよね」といったストレス発散だけのためのツールにしてはいけないと思いながら演じていました。
ざきのすけ。:僕は今回、原作があって、そこから楽曲、というまた別の創作をしていきました。キーワードになる部分やテーマは何だろうと考えながら、まず原作を読みましたが、歌詞を書くときには自分自身の気持ちとも対話しながら、自問自答を繰り返さなきゃいけないと思っています。キーワードを拾って、ただそれを繋ぎ合わせて書いていくのではなく、自分自身の気持ちもそこに乗っけなきゃいけないと。そう思っていたのですが、原作の最初から、いきなりヒントを得られたんです。“罪と罰”といったワードが羅列されていて、その“二面性”のどちらも感じつつ、間のグレーゾーンでもがき苦しむみたいな。その渦中にいないとわからない気持ちがすごく鮮明に描かれていました。目が離せなかったし、どこかで自分自身ともリンクすると感じました。
――ざきのすけ。さんは、歌詞を書かれる際に、完全な想像ではなくご自身の根っこのどこかしら繋がるところから引っ張ってきて、膨らませていく。
ざきのすけ。:そうですね。キーワードを得たら、そこに自分の過去であったり、感情をリンクさせていって“マインドマップ”みたいなものを形成して書いていくことが多いです。僕はまだ恋愛経験の年数も短いし、結婚もしていないけれど、恋愛や人と対面するときの難しさはこの作品にすごく共感する部分があるし、自分の内なる狂気、どす黒い感情をふと抱くこともある。第一印象では遠いところにあるような物語だと思ったけれど、意外と近い感情があると思いました。
――どす黒い感情も。
ざきのすけ。:(笑)。今までは結構明るい、あくまでも希望を見出そうというテイストの歌詞を書くようにしていたんですけど、僕自身、創作を始めた理由が、「人生の挫折や現実逃避の先に音楽があった」感じなので、今回のグレーゾーンのような部分は、自分の気持ちも鮮やかに描けたと思います。
――松本さんも演じる際に、自分自身の感情を引っ張ってきますか?
松本:私も結婚していないので、“サレ妻”の実際の苦しみはわかりません。だからこそ表面的な想像で演じるのは違う気がして、自分の“本当”とリンクさせなければなりませんでした。不倫ではなくても、好きな人が自分ではない他の人を好きになったりといったことは、誰しも経験があるだろうし、そういったところに繋げたり、自分自身に響く、実際に身体の奥に痛みを感じる部分を常に探しながら、向き合っていました。
――ざきのすけ。さん、今回の「down under」は、原点回帰の印象もあります。
ざきのすけ。:僕自身のルーツがR&Bやヒップホップ、あとブルースだったりするのですが、今回はそういったサウンドやグルーヴを取り戻すというか、意識して作りつつ、強いワードを使ったりと今まで見せていなかった新たな部分も出しました。あと、熟考しすぎてパズルのように組み立てすぎると、1枚の絵のようにキレイに収まって、聴く人が入り込めない曲になってしまう気がして……今までなら、ニュアンスや言葉をより文学的にしたり、歌詞として消化させていた部分を、この曲ではありのままの話し言葉ぐらいの気持ちで形にしました。
――プロデューサーの“Dr.R”Sakaiさんと作っていく中で印象的だったことはありますか?
ざきのすけ。:今まではトラックメイカーさんにトラックを作ってもらう時も、ひとりで部屋にこもって作業することが多かったんです。曲ができるまでは分業で。出来上がってからレコーディングだけ人が集まる感じ。けれど、今回はスタジオにこもって、常に誰かと対話をしながらリアルタイムで曲が成長して完成していきました。横でビートを作ってもらいながら、メロが浮かんだから録っちゃおうみたいな感じで。
松本:へぇ! そういう作り方で進めていくんですね!
ざきのすけ。:はい。リアルタイムで感情を乗せていくやり方で作っていけて、フレッシュなものが出来た実感があります。
回を追うごとにリンクを深めていったドラマと「down under」
――松本さんは最初に「down under」を聴いたときのご感想はいかがでしたか?。
松本:びっくりしました、素晴らしすぎて。この作品に挑むと決めた時に、これまでの俳優人生を超えられるような、今できる最大限の熱量を込めて作らなければという思いはありましたが、まだ伝えたいものの核が明確に掴めていなかったんです。そんな時にざきのすけ。さんの「down under」を聴いたんですが、あまりに素晴らしくて「これか!」と。みのりの役作りをする上ですごく助けられました。
ざきのすけ。:ええ……!本当ですか? もう嬉しすぎて、ちょっと危ないです。泣いちゃうかも。
――毎回、主題歌がかかった瞬間に痺れました。ざきのすけ。さん、実際に本編の映像にのって「down under」が流れた時は……。
ざきのすけ。:「きた! このタイミングだよね!」と(笑)。本当に、そう叫びたくなるタイミングでかけてくださったので、鳥肌が立ちました。それに毎話オープニングの映像が変わったりして。その直前のセリフと歌詞が若干リンクして聞こえたりするんですよね。自分自身はそこまでの意図はしていなかったところでクリエイティブ同士が重なった感覚があって、毎回感動しながら見ていました。
――中でも第8話で「down under」とみのりとの繋がりを特に感じました。
松本:「down under」からは、本当にインスピレーションをたくさんもらいました。第8話までは、確かにはからずもリンクしていったところがありましたが、第8話はこちらからリンクさせにいったんですよ。
――というと?
松本:ある意味、『夫の家庭を壊すまで』のひとつ目の最終回は、第8話だとも言えます。中でも(如月)勇大(竹財輝之助)のラストは最も重要でした。復讐の決着でもあるこのシーンのために私たちは走ってきた。ここで何を伝えるのか、みのりが復讐を果たしたときに何を感じるのかは真実でなければならない。私が7話まで演じてきて行き着いた答えが「信じられなくなっちゃった」という言葉でした。信じられなくなったから、もう私たちは無理なんだというのが、不倫の代償なんじゃないかと思ってそのセリフになったんですけど、最後「私はあなたを復讐していく中で、あなたを“すがらせたかった”」と言うんです。あれは「down under」からもらったものです。
ざきのすけ。:……!!! もう、嬉しすぎて今日だけで3回くらい倒れそうになってます。「down under」のタイトル自体も歌詞も、どんどんいろんな感情に飲まれながら底に落ちていく感じを込めていて、僕もドラマを観ていて、リンクしていく様子に本当に驚きというか、しみじみと嬉しい感覚がありました。楽曲を作り始めた時には、正直ガチガチにドラマに寄せ過ぎても、先ほどもお話した通り自分の気持ちじゃなくなってしまうと思ったので、そこまで寄せたつもりではなかったんです。第8話の展開も知りませんでしたし。それが思った以上にリンクしていました。回が進むにつれてどんどんハマっていって、今までにないクリエイティブの楽しさ、感覚を味わいましたね。作品とともに一緒に成長していけた特別な曲です。それがそんなことにまで……嬉しすぎて危ないです。
松本:あと、私も「down under」が流れるタイミングがすごく好きで、オープニングだけまとめたPVを作ってもいいなと思ってるくらいなんですけど、あれ、毎回、本当に監督がこだわってたんですよ。
ざきのすけ。:そうなんですか。
松本:ざきのすけ。さんの楽曲を最大限リスペクトしてらっしゃったし、現場で芝居をしているときにも、ここで「チッチッチ」って「down under」が鳴り始めますからって指示があったんです。
――撮影現場でですか?
松本:はい。もちろん映像の編集の段階で変わることもあったと思いますけど、「ここで主題歌」というのは、現場でも演出指示がありました。
ざきのすけ。:嬉しい……。
松本:こちらも「はい、ここで『down under』ね。OKです!」って。芝居は、役の真実に基づいてやっていくものですが、俯瞰して演じる部分も必要です。ここはタイトルが入るからそこにハマるような伝わりやすい演技にしてみようとか、ナレーションをするときも主題歌が入るからこういう声にしようとか。緻密にクリエイティブしていきました。
――役を演じている期間中というのは、普段からご自身で主題歌を聴いたりしますか?
松本:聴いていました。毎週オンエアでも必ず観たり聴いたりしていましたけど、何か迷った時には、そのたびに「down under」を聴いてました。迷う時って、表面的なことに対してなんです。だけどこの曲を聴くと、(自分の胸の奥を指しながら)“ここ”が目覚める。ちゃんと“ここ”に響くんです。「そうだよね、大切なのは、この感覚だよね」って。迷った時に「そうそう“ココ”」と立ち戻らせてくれる、私にとってのある種、お守りのような存在でした。
――ざきのすけ。さんが、この「down under」が本作の主題歌として生まれたことで気づかされたことはありましたか?
ざきのすけ。:自分自身で書いた言葉だけれど、ドラマとリンクしていくに従って、それが若干自分の中で意味合いが変わってきたり、広がっていったりしました。たとえば、〈殺したはずの「私が」〉っていうサビ頭とかは、この作品では、僕としてはみのりさんの心情とは少し離れているのかなと思っていたんです。でもドラマを観ていくうちに、みのりさんの中で、「復讐の気持ちはもちろんあるんだけれど、若干愛はまだ残っていて」といった部分があったところに気づかされたり。
松本:そうそう。
ざきのすけ。:自分自身で書いた言葉の裏取りがされていくような瞬間があって、歌詞を書いていきながらめっちゃ熟考したつもりだったけれど、まだ足りなかったかもしれないと。
松本:えー!
ざきのすけ。:より多面的に見れば、より深いところに感情がある。最初に言ったみたいに、僕は2つの物事があったとき、グレーゾーンを書きたいと思っているのに、ドラマを見て歌詞がリンクしていくたび、その時のもちろんベストを出したのは間違いないんだけれど、それでも、もっと向き合っていかなきゃダメだな、もっといろんな表現ができたんじゃないかなという気持ちになりました。
――ポジティブな刺激を受けたんですね。
ざきのすけ。:もっと多面的に、もっと作品や自分の言葉に向き合えるんじゃないかという可能性を感じました。めちゃくちゃ面白い体験でしたね。リアルタイムで言葉が変化していく感覚がありました。