映画『すずめの戸締まり』から躍進 十明、アンビバレントな感情を表現する鮮烈な歌声

十明、『すずめの戸締まり』から躍進

 今作を聴くと、十明のシンガーとしての才能、また、ソングライターとしての底知れぬポテンシャルの両方を確かに感じ取ることができる。何よりも強く驚かされるのが、十明自身の感性がダイレクトに滲む歌詞だ。例えば、メジャーデビュー曲「灰かぶり」のサビの一節〈可哀想なわたしごっこ/傷口を見せてあげる/今すぐ抱きしめてよ/丁寧に扱ってね〉〈可哀想なわたしごっこ/お好きなのは悲劇でしょ/今すぐ慰めてよ/可愛くて、可哀想〉には、彼女独自の筆致が特に色濃く表れているように思う。いつまでも癒えることのない切実な感傷。心の内に渦巻く混沌とした愛憎。この歌を通して歌われているのは、あまりにも深く胸を締めつける心情の数々である。ただ、最後まで聴けばわかるが、この曲は、ただ単に悲観的・自虐的になるだけの歌ではない。誰もが目を背けたくなる心の深淵をまっすぐに見つめながら、それでいて決してニヒリズムに陥ることなく、諦念と希望の狭間を縫うように躍動する歌。その響きが、最後にはポジティブな余韻をもたらすから不思議だ。

十明 - 灰かぶり [Official Lyric Video]

 「Discord-disco」では、〈mirror mirror よくみてみな?/ 踊り狂う/獣だものね〉と人間の本性を容赦なく暴きながらも、最後には〈踊り狂え/Discord discoで!〉とその本性を解き放つように促す。また、「僕だけが愛」はまっすぐなラブソングであるが、そのまっすぐさゆえに狂おしいほどの狂気を孕んだ一曲。〈僕だけが愛だから/何処にも行かないで/僕だけの君だから/ずっと弱いままで、いてね〉というパンチラインが印象的で、非常に執念深い愛を歌った曲ではあるが、たおやかなメロディラインと彼女の清廉な歌声と相まって、聴いていると不思議と清々しい気持ちがわいてくる。純情と狂気は紙一重であるという真理は「メイデン」にも色濃く滲んでいて、また、「蛹」では、今の自分に対する自虐と、〈もうすぐ始まる/5つ目の季節〉に対する希望の両方が歌われていて、その両義性を宿した表現は、多くの人が共感し得る普遍的なものであると思う。

十明 - Discord-disco [Official Music Video]
十明 - 僕だけが愛 [Official Music Video]

 綺麗事でコーティングされた人間の内面を鋭く抉り出し、誰しもが持つ醜い一面を暴きながら、最後には、ポジティブもネガティブも含めて優しく包み込む。そして、不条理や不平等に満ちた世界を、清濁を併せ呑みながら生きていくしかない私たちの生を、力強く祝福する。十明が紡ぎ歌い届ける楽曲には、そうした根源的な歌の力が宿っているように感じる。私たちが胸の内に抱いているのは、ポジティブとネガティブ、清と濁、そして希望と諦念、その狭間に揺らぐアンビバレントな感情であり、それらはいくら言葉を並べたとしても決して表現し切ることができないものであるからこそ、彼女は、歌を歌い続けるのだろう。現時点で正式にリリースされている曲はまだまだ少ないが、すでに彼女の歌には、歌うことを通してでしか表現できない感情が確かに滲んでいて、これから先の創作活動への期待が際限なく高まる。

十明 - メイデン [Official Music Video]
十明 - 蛹 [Official Lyric Video]

 すでに次のアクションが続々と発表されていて、新曲「NEW ERA」が国際ファッション専門職大学の2024年度CMソングに決定し、また、新垣結衣が主演を務める映画『違国日記』(6月7日公開)のインスパイアソングとして、新曲「夜明けのあなたへ」が抜擢されている。現時点でCMと予告編から聴くことができるのは一部のみではあるが、「NEW ERA」は力強い4つ打ちのビートを推進力にしながら十明の歌が鮮烈に飛翔するパワフルな1曲で、「夜明けのあなたへ」は、凍てつく轟音の中から純真な祈りや願いそのもののような清廉な歌声が高らかに響きわたる1曲。どちらも新鮮な響きで、十明の歌声の多彩さに改めて驚かされるし、この2曲もまだ氷山の一角なのかもしれないとさえ思うほど。映画『すずめの戸締まり』で十明の歌声に出会い、その声が琴線に触れたなら、ぜひ、彼女のシンガーソングライターとしての今後の活動をチェックしてほしい。

映画『違国日記』本予告《60秒》【2024年6月7日(金)公開】

※1:https://realsound.jp/2023/07/post-1376566.html

◾️リリース情報
1st Digital EP『僕だけの愛』
配信中:https://lnk.to/toaka_bda
1. 灰かぶり
2. Discord-disco
3. 僕だけが愛
4. メイデン
5. 蛹

十明 ユニバーサル ミュージック公式サイト

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