『松尾潔のメロウな夜』放送終了に寄せて 古典から現行まで、番組がもたらした芳醇なR&B体験

ヴィスコンティをめぐるよもやま話

「ヴィスコンティ監督の言葉とか引用し始めると……」。

 イタリア映画界を代表する巨匠 ルキノ・ヴィスコンティのことだ。ひとりの『メロ夜』リスナー(と同時にヴィスコンティ愛好家)としてこれは聞き逃せない。この文脈でなぜヴィスコンティなのか。ミラノ・スカラ座を経営する公爵家生まれのヴィスコンティは、映画よりむしろオペラのスペクタクルとメロドラマに魅せられた人。ヴィスコンティが演出した1955年の『椿姫』公演が作家的発火点になったのがダニエル・シュミット。その幽玄的傑作『書かれた顔』(1995年)で助監督を務めたのが青山監督……という具合に連想していくと、ヴィスコンティとメロウの伝道師がだんだん近づく。

 かたや貴族出身の映画監督、かたや「お箸の国のR&B」を標榜してきた音楽プロデューサー。両者が主眼を置くテーマが実は通底していることに気がつく。ヴィスコンティ最大の関心事であるメロドラマと松尾さんにとってのラブソング。「私がメロドラマを好きなのは、それが人生と演劇との境界線上に位置するから」というヴィスコンティの発言を言い換えるなら、「私がラブソングを好きなのは、それが人生とメロウ(なR&B)との境界線上に位置するから」となる。1965年当時「ゴダールが好きだ」と言ったヴィスコンティが同年公開(日本公開は1982年)の『熊座の淡き星影』に込めた意外性は青山監督の映画論集『シネマ21 青山真治映画論+α集成2001-2010』(朝日新聞出版)に詳しいが、前時代的な作風とされるヴィスコンティ作品が、新世代のヌーヴェルヴァーグを意識しながら「変えたくないものがあるから、少しずつ変わっていく」アクチュアルな意志をむしろ湛えていたことは改めて確認すべきだ。あるいは両者にとって「人生」は「政治」とも言い換え可能。松尾の新著『おれの歌を止めるな ジャニーズ問題とエンターテインメントの未来』(講談社)の冒頭には「政治の話をしたばかりのその声で、あまやかなラブソングを歌おう」とあり、ファシズムに抵抗した“赤い貴族”の肖像から21世紀にも有効なプロテストソングが響く。いずれも愛と政治がコインの表裏であることが表明されている。

 監督第2作『揺れる大地』(1948年/日本公開は1990年)では、南部シチリアの漁師一家が貧しい現実を打破するためにファミリービジネスに転じるが、急激な変革が却って苦境のどん底へ。でも後退ではなかった。変化を望んだ彼らの闘志は過去の記憶として残るから。慣習に縛られた集団ならなおさらのこと。緩やかな変化が必要なだけ。だから「変えたくないものがあるから、少しずつ変わっていく」のだ。松尾が最終回で強調した「メロウはいつも過去形」は「過去は何に役立つというのか」と自問し続けたヴィスコンティの作家的態度と符号するとぼくは思う。あるいは、しばしば“自伝的”とされる『家族の肖像』(1974年/日本公開は1978年)に対して「この映画には自伝的なところは何ひとつない。若干の気質、おそらく感受性の基本的な一致だろう」と言うヴィスコンティの自作自解は、2021年に初小説『永遠の仮眠』(新潮社)を上梓した著者の胸のうちそのままではないか。

 ここでちょっとしたよもやま話を。ヴィスコンティは自分の墓碑銘には「“シェイクスピアとチェーホフとヴェルディを愛してやまなかった”と書いてもらいたい」と54歳(1960年)で言い放ったそうだが、現在の松尾さんならどうだろうかと。クインシー・ジョーンズ、ルーサー・ヴァンドロス……『メロ夜』ラストナンバーは、クインシー・ジョーンズがルーサー・ヴァンドロスとパティ・オースティンをフィーチャーした「I’m Gonna Miss You In The Morning」だった。では三人目は(ローマでヴィスコンティに学んだ増村保造監督の『からっ風野郎』(1960年)に主演した三島由紀夫だったり)? 番組の放送はひとまず句点を打ったが、『メロ夜』的連想の探索はまだ読点を打たれたばかりだ。

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