BUCK-TICKに憧れた“カラオケマニア”ディレクターが作る『龍が如く8』の世界 堀井亮佑×青木千紘対談

『龍が如く8』堀井亮佑×青木千紘対談

8,000曲分のデータを網羅した堀井のカラオケリスト

堀井亮佑 カラオケリスト
堀井氏が趣味で制作しているカラオケリスト

ーー堀井さんは本シリーズの名物コンテンツである「カラオケ」の産みの親としても有名です。プライベートでもカラオケがお好きだとのことですが、今もよく行かれますか?

堀井:もちろんです。昨日も行ってきましたよ。

ーー歌える曲をリスト化していると伺ったのですが……。

堀井:そちらを持ってきました。大学生の頃から歌える楽曲をリスト化していて、最後に歌った日やキーの高さなども記載してちゃんとExcelシートにまとめているんです。今8,000曲で、10,000曲を超えたらちゃんと製本して出版しようかと(笑)。

青木:これ堀井さんが“歌える”楽曲ってことですよね?

堀井:一応そうです。僕はカラオケが大好きなんですが、カラオケが好きだって言っているのに自分が歌える楽曲を具体的に把握していない、というのはなんだかカラオケに対して不誠実だなと感じまして。自分が情けなくなったんですよね。「好きなら自分の歌える曲ぐらいちゃんと把握しておけよ!」と思ったし、他のカラオケが好きだという人よりも自分は真剣にやっているんだぞ、ということを客観的に見られる形にしたくてデータ化し始めたんです。

青木:備考欄に「高い箇所有り」とか「前奏長い」とか書いてある(笑)。DJ的な「おすすめ曲がたくさんある状態」というのとは違いますよね。

堀井:やはり明確な数字があると、好きだということは伝わりやすいですからね。僕、セガ好きだったんでセガサターンも8台持っているんですけど、それも同じで、この世界で「セガが好き」という方はいっぱいいるじゃないですか。でも、「違う、僕は誰より好きだ」ということを客観的に証明するためにはやっぱ数字なんですよ。8台持っていたら勝てるじゃないですか。

青木:8台は保管してあるんですか。

堀井:ありますよ。壊れたら2台目を使おうと思っていたら意外と壊れないからまだ1台目しか使っていませんが(笑)。

ーー堀井さんにはもともと「アーカイブ気質」なところがありますか?

堀井:そうですね。CDも5,000枚ぐらいありますし、何かを集めるコレクター気質がずっとあるかと。むかしはモノを集めるのが好きだったんですけど、そこから興味が能力のコンプリートに向かっていって、自分の能力や知識もアーカイブしていくようになりました。溜めていくのが好きなんですよ。

 実は『龍が如く』も今そういうゲームシステムにしていて、「達成目録」とかも僕が発案したものですし、トロフィー(アチーブメント)機能の設計とかも僕がやっていたりします。『龍が如く』はゲーム内の世界でずっと寄り道をしながら長く遊び続けることを推奨するゲームなので、どんな寄り道をしてもゲーム的に有利な何かが溜まったり、なにかしらの前進につながったりするデザインであってほしいと思ったんです。だから麻雀をやっていても人間力が上がるというように、無駄なことがないように作っています。どんなことでも毎日コツコツ積み重ねていけば、それが何かの役に立つこともきっとあるよ、というメッセージでもあります。

青木:いやでも、ここまで積み重ねられるというのは才能ですよ、8,000曲は。

堀井亮佑カラオケリスト
堀井氏がカラオケで歌える楽曲の難易度、特徴などが網羅されている

ーー『龍が如く8』では新規のカラオケ曲が5曲追加されました。それぞれの楽曲について掘り下げていければと思いますが、まずは春日一番の「GO! 愁傷SUMMER」から。

堀井:これは『8』で最初に作った曲ですね。カラオケの楽曲制作は、まず僕が曲のイメージや歌詞の完成イメージ、PV映像の完成イメージなどを書類にまとめてサウンドチームに発注するんですが、カラオケ曲はメインストーリーやゲームコンセプトが決まっていなくても制作を進めることができるので、開発初期の早い段階から制作を進めることが多いんです。

青木:そうですね、サウンドチームが初めに着手するのがカラオケ曲になることは多いです。

堀井:カラオケ曲はゲームのコンテンツなので、特に大事にしているのは映像です。なので曲の内容を決める際には「このキャラがこういうシチュエーションでこういう風に歌っていたらきっと面白い絵になる」というイメージが沸くものをチョイスしています。この曲もまさに映像のイメージを先行にして考えたもので「ハワイが舞台の明るいパーティーソングで、タオルを振り回して聴けるような曲」という明確な完成イメージがありました。「タオルを振り回す画を作れれば勝ちだな」と。そういったイメージを伝えて作っていただきました。

「GO! 愁傷SUMMER」
「GO! 愁傷SUMMER」

ーーカラオケ楽曲はキャラクターが歌うもので、とはいえゲームのストーリーにかならずしも関わるものではない特殊な立ち位置の楽曲だと思うのですが、どういうことに気をつけて作っていらっしゃいますか。

堀井:「GO! 愁傷SUMMER」を例に上げると、「春日一番がこうしていたら楽しい画が作れるね」っていう映像としての取っ掛かりを見つけて作り始めるんですが、重要なのはこれがいわゆる「キャラソン」ではないということです。春日のキャラソンではなくて春日がどこかで聴いて、覚えてカラオケで歌っている曲で、春日っていう人間がこの曲に感情移入していたり共感する部分があるからこの曲をセレクトして歌っている……それを踏まえた上で考えていきます。要はその曲をそのキャラ以外の人が歌ったときに成立するか、という部分ですね。キャラを投影しつつも、誰でも共感できる部分があり、誰が歌っても単体の曲として成立する、みたいなところは死守したいと思っています。

 なので「GO! 愁傷SUMMER」も春日と足立の掛け合いで、まさに彼らにピッタリの曲になったと思いますが、彼ら以外のキャラが歌ってもそれはそれで面白く成り立つはずです。歌詞としては、能天気すぎても芸がないなと思って「盛り上がるんだけど、ただ明るいだけじゃない曲」にしようと考えました。恋愛とかがうまくいかなくて、ちょっと自虐的な歌詞にしてみようと。今回は冒頭で春日が失恋するシーンもあったので、テーマとしてもハマるかなと思いました。

ーーこうした堀井さんのイメージがサウンドチームに届く際には、映像のイメージも相互に共有できているんですか?

青木:共有できていると思います。歌詞のイメージも書いてくださいますし、「タオルを回して〜〜」といったイメージも、共有してもらえるので。

「好きになれる人を好きになれたならば」
「好きになれる人を好きになれたならば」

ーーハン・ジュンギの「好きになれる人を好きになれたならば」というのもハマっていますよね。

堀井:これは趙とハン・ジュンギが歌う曲として考えたもので、彼らがどんな曲だったらハマるかなと思ったときに90年代のいわゆるビーイング系サウンドで、壮大で無駄に"泣き"がある、みたいなコンセプトは面白いと思って、そこから入りました。あとはタイトルが長いこと。

青木:そこはすごくこだわっていましたよね。曲ができる前から「とにかくタイトルは長いものに」って言っていましたから(笑)。

「Honolulu City Lights」
「Honolulu City Lights」

ーー千歳の「Honolulu City Lights」についてはいかがでしょうか。

堀井:2021年ごろはすでに日本のシティポップのブームが全世界的に起きていたので、どうせならそれに思いっきり乗っかってみようと思って作った曲です。

青木:実際、「Honolulu City Lights」は公開後、海外ですごく再生数が伸びていますよ。

堀井:よかった(笑)。シティポップは今までやってこなかったジャンルでしたし、新キャラの千歳がシティポップをバックにハワイのビーチで遊んでいるような画はきっとハマるだろうと思っていました。こういう「ビーチではしゃぐ」みたいなシーンはゲーム本編でストーリーに絡むと少し変なので作りにくいんですが、そういうシーンを作るのにもカラオケは良いんです。波で遊んで、でもちょっと切なくて……みたいな、シティポップの良さが際立つ、ちょっとセンチな仕上がりにしてみました。

「AWAKE」
「AWAKE」

ーー紗栄子の「AWAKE」についてはいかがですか。

堀井:前回の紗栄子の楽曲が「harukaze」という結構ポップな曲だったので、かっこいい系の女性ボーカルの曲を入れてみたかったんです。あと、個人的にゴリゴリのロックテイストの楽曲をやりたかったのと、自身がもともとビジュアル系バンドをやっていたので、紗栄子にその方向の化粧とか鎖の手錠をさせたいな、と(笑)。そこからイメージを膨らませて、どこかで見たことのあるビジュアル系風の映像を入れた楽曲にしたいと思っていました。

「ばかだろう」
「ばかだろう」

ーー最後、桐生一馬の「ばかだろう」についてはどのように作られたのでしょうか。

堀井:「ばかだろう」が一番大変だったんですよ。「ばかみたい」が世界的に人気な楽曲になったので、満を持して“ばかみたい2”に挑戦してみよう思ったんです。桐生の最後の出番になるだろうし、ファンの皆さんにも喜んでもらえるだろうと思って作業に取り掛かったんですが、なかなかハードルが高くて……。

青木:ヒットした曲の“2”を作るっていうのは難しいですよ……。

堀井:「ばかみたい」は僕らも大事にしている曲だし、安易な続編曲みたいなものにはしたくなかったので、ハードルを自ら上げてしまって、作詞にもすごく時間がかかって、「神が降りてこない!」とか言ってほったらかしていた時期もあるんですが、半年ぐらいかかりました。最初はもうちょっと短い曲だったんですが少し時間を延ばしたり、たくさんの試行錯誤の結果生まれた曲です。

青木:でも良いものに仕上がりましたし、結果的に「ばかだろう」も人気の曲になりましたよね。

堀井:ただ、難しかったですね。続編って言ってもコード進行が同じなら良いのかといえばそうでもないし、「ジャンルがああいうものでいいのか?」とかも含めて、完成形の見えない曲でした。他の楽曲は「シティポップで水着で〜」とか「タオルを振り回す!」といった画が見えていたんですけど、「ばかだろう」は画から作る曲ではなかったので、そこが今までのフォーマットと違って難産でした。カラオケは“音ゲー”なので、入力が楽しかったり、盛り上げが楽しければある程度成立する部分があるのですが。「ばかだろう」は単純なゲーム曲というよりは、曲として「ばかみたい」に負けない曲を作る必要があったので……。

ーーカラオケの作詞・制作でやらないようにしていること、心がけていることはありますか。

堀井:一番意識しているのは先ほども言いましたが「キャラソンではない」ということで、そのギリギリのラインを突くようにしています。あとは、『龍が如く』をまったく知らない人が単純に曲として聴いたときに、クオリティの高い曲だな、と思ってもらえるようにしたいというのは意識しています。J-POPに負けたくないと思って作っているので。

 誤解を恐れずに言うと、ゲーム音楽は下に見られがちというか、「所詮ゲームの中の曲だからそんなたいしたもんじゃないでしょう」っていうような大衆意識がどこかにあると思っています。その曲単体で売って利益を出すタイプのものではないですし。でも僕はゲーム音楽はそんなもんじゃない、もっと文化として誇れるものだと思っています。だから手を抜きたくない。映画音楽にもヒットチャートにも質として負けたくないんですよ。僕らが手を抜いたり意識が低かったら、ずっと文化としてのレベルは上がらないままですから。

 『龍が如く』は「こんなところにまでこだわって作っているんだ!」という驚きとともに評価されてきたタイトルで、カラオケ曲はその象徴的な部分だとも思っています。なのでクオリティは大切にしたいし、ゲームの内容を知らない人がわからない歌詞にもしたくないんです。

青木:カラオケの楽曲に対して「ゲームだけに収めておくのはもったいないですよね」とコメントをいただいたこともあって、目指すところはここだよな、ということを私も感じています。これはカラオケに限らず、『龍が如く』の楽曲全般に言えることです。

ーー楽曲の制作についてお聞きしていると、画作りの部分でも堀井さんのカラオケ8,000曲がめちゃくちゃ生きているのを感じます。

堀井:とにかくJ-POPが好きなんですよ。画作りは音楽PVとかの影響をすごく受けています。特に90年代の日本のPVってすごくお金がかかっていて、びっくりするような演出がたくさん入っていたじゃないか。あの時代のエッセンスは絵コンテを切るときにも生きていると思います。

青木:そこの引き出しがすごく多いですよね。

堀井:あとは、当たり前ですが趣味のカラオケは自分の作詞にも多大な影響を与えていて、僕は音楽理論を学んだわけでも、音大を出たわけでもないので専門知識はそこまでありませんが、これだけ歌い続けていると、良い歌詞と悪い歌詞、歌いやすい歌詞というものがどういうものかは自分のなかでなんとなく理論ができてきたりするんです。作詞家として最近副業をはじめて、『龍が如く』以外への歌詞提供も本格的に始めていこうと思っているところなので、勉強も含めてこれからも10,000曲を超えて、歌っていきたいです。

青木:逆に私は作詞のことがよくわからないのですごいなと思います。歌うことで作詞理論を積み上げているようなもんですよね。

ーーここまでお話を伺っていても、堀井さんはかなり特殊なディレクターですね。

青木:サウンドチームから見ていてもめちゃくちゃ特殊だと思います。

堀井:やはり器が広い『龍が如く』というタイトルが自分に合っていたんだと思います。ゲームクリエイターは皆そうだと思うんですが、だれでも得意と不得意があります。その中で競争に勝っていくには、自分の得意なところを活かす、得意な土俵で戦うしかない。僕は『龍が如く』の中に「カラオケ」という自分が得意な土俵を作ることができたから好き勝手やれているわけですが、そういう土俵を作りやすい環境のおかげ、という部分も大きいと思います。

ーーでも、街の中を歩けるゲームを作り込んでいくと必然的にカラオケ屋があって、入れた方が面白いからそこに音楽ゲームを実装したわけですよね。

堀井:理屈としてはそうです。ただ自分がカラオケやりたいから入れたい、じゃ誰も賛同してくれませんから、建前としてはちゃんとロジック、入れるに値する納得感ある理由を提示する必要があります。でも本心は自分で歌詞を書いたり好きな音楽で好き勝手やりたかったのが一番。自己実現がしたかったのが一番なんです。だから自分がやりたいことと、その作品に求められているものの両軸を成立させられるアイデアはないか、という切り口をつねに考えることが、自分のやりたいことを持っているクリエイターには大切なんじゃないかと思います。

青木:「自分のやりたいこと」と「仕事として満たさなければいけないこと」をどう掛け合わせていくのか考えて実現していくっていうのは、クリエイターの鑑ですよね。

堀井:そう言ってもらえるとなんだかうれしいです。これからも自分のやりたいことをうまく叶えていきながら、楽しいゲームを提供できればと思います。

 でも自分の叶えたい子どもの頃からの一番の夢は、やっぱりBUCK-TICKになることなんですよね。それもいつかなんとか実現できないかなぁ。それはさすがに『龍が如く』の器の広さでも難しいか(笑)。

『龍が如く8 ORIGINAL SOUNDTRACK』
『龍が如く8 ORIGINAL SOUNDTRACK』

■リリース情報
『龍が如く8 ORIGINAL SOUNDTRACK』
パッケージ版:発売中
音楽配信サービス:配信中

<販売価格>
パッケージ版:7,700円(税込)
音楽配信サービス:4,584円(税込) ※サービスにより価格が異なります。
配信:https://segajp.lnk.to/ryu8

<パッケージ仕様>
ミュージックCD 6枚組(全151曲収録)
制作スタッフコメンタリーブックレット
※音楽配信サービスによるデジタル版にはブックレットは付属しません。

■関連リンク
龍が如くポータルサイト:https://ryu-ga-gotoku.com/
龍が如くスタジオ 公式X(旧Twitter)アカウント:https://twitter.com/ryugagotoku?s=20
龍が如くスタジオ 公式YouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/c/Ryugagotoku_official

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる