大橋ちっぽけ、アルバム『character』全曲解説インタビュー 日本のポップミュージックの真ん中を突き進む理由と覚悟
ついにリリースされる大橋ちっぽけの4年ぶりのフルアルバムであり、同時にユニバーサルミュージックへの移籍後初のアルバムである『character』。今回は、完成したばかりのこのアルバムの全曲を、自ら解説してもらった。それはつまり、ここに至る4年間をめぐるインタビューでもあり、ある意味では彼自身の姿そのままを映し出すドキュメントテキストでもある。
言葉や感覚、隣にいた人、ふと見上げた風景。そんなパーソナルなことをそのままの感触で歌詞にし、ポップミュージックに乗せた全11曲。一曲一曲と向き合い、その瞬間瞬間の温度で紡がれていった楽曲には、ひとりの人としての成長、アーティストとしての解像度の成熟が感じ取れる。そして何よりも、今こそ自分自身=“character”を肯定する、それを自信としてしっかりと持つ、そんなたしかな覚悟が、丁寧にひとつずつ語られたこのセルフライナーノーツインタビューから伝わると思う。新たなフェーズに立ち、日本のポップミュージックの真ん中を突き進む、大橋ちっぽけの息遣いを感じながら読んでほしい。(編集部)
曲を自分で書いて自分で歌うなら、本当の自分を忘れたら意味がない
――4年ぶりのフルアルバム『character』は、大橋さんからすると“結果として”かもしれませんが、ストーリー性があってコンセプトのある作品だという印象を持ちました。
大橋ちっぽけ(以下、大橋):そうですね。まさに「こういう方向で行こう」と最初から意識したわけではなくて、タイトルも最後に決めたんです。収録曲を振り返ってみると、陰も陽も含めて、自分自身の人間性を包み隠さず、ものすごく正直な気持ちで書いた曲たちが集まっているなと思って。音にも歌詞にも、自分の人間性が表れたアルバムなので、このタイトルになりました。
――“character=自分らしさ”が出ていると。「陰も陽も」という言葉がありましたが、たしかに陽に振れている曲もあれば、「こんなことまで書いてしまうんだ」というディープな曲もあって。今回は全曲解説という形で一曲ずつお話ししていただきますが、少し先取りすると、たとえば2曲目の「言えない」などは恋愛観について、かなり掘り下げられています。
大橋:もともと明るい歌詞だったりポップソングが好きで、ライブでも聴いてもらっている「常緑」という曲は恋愛にすごく前向きだったりするのですが、「言えない」は“実はそうでもないんだぜ……”という正直さみたいなものがすごく出ていますね(笑)。
――さまざまな受け取り方ができますが、恋が終わってしまったのかな、という曲でもあります。それでも曲調は明るかったりするのが大橋さんらしい。
大橋:そうですね。明るさと暗さが入り混じっているような曲が結構あるのかもしれないな、って。7曲目の「ダーリン」も、サビはとても明るくて前向きな歌詞なんですけど、Aメロ、Bメロは自分のダメなところを喋るような感じだったり。そういうバランスも、嘘のない感じになってきていると思います。
――自分をさらけ出すような楽曲を書こうと思ったのはなぜでしょう?
大橋:自分でもわからないところがあるんですけど、去年あたりから、少しずつ楽曲提供をさせていただく機会が増えてきたことが大きいかもしれません。たとえば他のアーティストへ歌詞を書く時、基本的にはテーマ(お題)をいただくことが多くて、それに合わせて自分の言葉を選んでいく感じなんです。そのなかで、自分向けに曲を書こうとなると「これをわざわざ書いて自分で歌う意味って何だろう?」と、すごく思ってしまって。「明るい曲のほうがポップソングとしては広く聴いていただけたりするんだろうな……」とか、そういう考えも浮かぶんですけど、自分で書いて自分で歌うんだったら、本当の自分のことを忘れては意味がないだろうと。だから、もっともっと正直に、暗かったり、あんまり受け入れてもらえないかもしれない人間性のようなものも包み隠さず。今回はそういうマインドになった時期の曲ばかりですね。
――そんなディープな作品が最終的にポップになっているのが大橋さんらしいですね。作り終えて、自信作になりましたか?
大橋:どの曲もお気に入りです。本音で書いたからこそ、「この曲ではこういう自分が出ているな」とか「こういう一面も見せちゃったな」とか、全部に思い入れがあって。これまでの自分の集大成というか、自分のなかでのベストは出せたと思います。
――楽曲それぞれのシチュエーションを楽しむ聴き方もできれば、大橋さんの考え方や世界との向き合い方に触れることもできる。両方の魅力がある気がします。
大橋:そうですね。大それたことを言っている感覚はないんですが、どの曲にも自分自身の考え方のベース、半生がわかるような要素が入っていると思います。たとえばラブソングに沿って、自分の本来の姿というものを知っていただけたら嬉しいですね。
01「嫌でもね」
――1曲目は、ユニバーサルミュージックへの移籍第1弾シングルにもなった「嫌でもね」。恋愛が終わっていくシチュエーションですが、大橋さんらしい突き抜けた感じ、ポップさがあります。説明しにくい感情を歌っているという印象もありました。
大橋:“悲しいことをオープンにして歌っていく”というのは、やりたいことのひとつでもあるんです。なかでもこの曲は、言葉選びが方言チックだったり、フローに対してのハメ方が気に入っています。
――〈あんたは何も言わんね〉というのは、地元でフランクに話しているような感覚ですか。
大橋:愛媛の友だちと喋っている時の口調を意識しました。子どもの頃、学生の頃に親の都合で4回くらい引っ越しをしていて、西のほうにも住んでいたんですよね。和歌山とか鳥取にいたこともあって、言葉がごちゃ混ぜになっている感じがあるんですけど、自然に言うとこんな感じ、といいますか。
――これは、どちらかと言うと、女性が男性に言っている感じでしょうか。
大橋:そうですね。ただ、難しいのは、いろいろとリアルな経験にもリンクしていて、語れば語るほど自分の恋愛が丸裸になっていく可能性がある(笑)。「相手から自分を見たら、こういう人間に映っているんだろうな」という歌詞になっていて、自分のよくないところをもさらけ出して、救われたくて書いたところもあるかもしれないです。
――“相手から見た自分”という二人称視点が入るのも大橋さんのソングライティングの特徴ですよね。自分にツッコミを入れるようなところがあって。
大橋:曲ごとに明確に“この人”という実体験にもとづいたモデルがいて、その人が浮かぶからかもしれませんね。
――そして、悲しいシチュエーションなのに元気が出てくるサウンドという。
大橋:悲しいことを切なく歌うのもすごく素敵だと思うんですけど、そこは自分らしく昇華したいという感情があって。この曲を書いたことで迷いが消えた感覚もありますし、移籍第1弾として出せてよかったなと思います。そういう意味では、この曲を書いたことで、「こうならなきゃいけない」という迷いは、少し消えたのかもしれないです。自分の思うように気持ちを昇華して書いてみた。移籍第1弾リリースというのもあるんですけど、最初にこの曲を出せてよかったなと思いますね。
――「常緑」がバズって、悩みや戸惑いがあった時期の作品ですね。
大橋:「常緑」も決して嘘をついたわけじゃなくて、憧れの恋愛を描いているんですけど、実際に自分はどうなのかというと、ああいった恋愛はしたことがなくて。本当の自分は全然うまくいっていない。そのことを堂々と歌えたのがよかったし、「また明るく前向きな曲を書かないといけないのかな……」と悩んでいたなかで、内向きではあるけれど自分らしく、ポップな形に落とし込めたのが自信に繋がりました。これまで自分が書いてきた曲のなかでも、自分の曲だなと思います。
02「言えない」
――続いて「言えない」は、かなりヘビーな人間関係を描いてますね。
大橋:だいぶヘビーですね(笑)。自分は未来が見えなくて不安だと思っていても、相手は〈輝いた未来〉に期待したり、それを願っている。だから、言いたいのに言えない。終わっているのに終わらせられない、というモヤモヤをぶつけた曲です。
――まさに「言えない」。
大橋:そうなんです。結局、始めるのも終わらせるのも勇気がいるじゃないですか。僕は中学生くらいから“ちっぽけ”と名乗っているんですけど、ちょっと嫌だなと思っているところもあったんですよ(笑)。でも最近になって、誰よりも自信がなかったり、「まさにちっぽけだな」「自分のことをよく表せているな」と思えるようになって。この曲も、「一歩踏み出せませんでした」と歌っているのが僕らしいなと思います。
――たしかに「勇気を持って踏み出そう!」という曲ではないですね。ただ、こちらも曲調はアッパーで、独特の感情表現になっています。
大橋:それも自分らしいなって。トレンドの曲調、アップテンポなビートの上で、すごく悲しいことを歌い上げてしまうという。
――すごく個人的なことを歌っているのに、曲調は跳ねていてトレンド感もあるから、世のなかと繋がっている感じがしますね。
大橋:そうですね。今の音楽シーンに寄り添いつつも、歌の内容的には、自分の包み隠さない部分をちゃんと出せて。言ってしまうと、かっこいいビートの上で、全然かっこついてないことを歌っている曲です(笑)。
03「SFA」
――「SFA」はR&Bテイストで、メロウなメロディが効いている曲です。アルバムの流れとしても、なだらかな高揚感が続きます。
大橋:ある意味で、「SFA」がいちばんパーソナルな曲なんですよ。歌詞に書いたような出来事があって、ワンコーラスだけのデモを作ってSoundCloudに載せたことがあって。その時から形はあまり変わっていなくて、そもそもこうして世に出すつもりはなかったんです。それをたまたま事務所の社長が聴いて、「すごくいいよ」って。それでリリースすることになったんです。夜に帰ってきて、ほろ酔いのまま書いて、そのふわふわしている感じで、夜の街が浮かんでくるようなサウンドにしたくて。
――歌詞のシチュエーションとしては「再会」でしょうか。
大橋:そうです。離れ離れになって、たまたま会う機会があって、1、2年ぶりくらいに会って、ご飯を食べて飲みに行って。そこでいろいろと考えるけれど、結局何も言わず、何もできないまま改札を抜けていく。何も始まらずに終わるので、ドラマチックなのかどうかわからない(笑)。
――次の約束もせずに駅でバイバイしたという感じですね。
大橋:これで終わり。でも、その日にあったことを忘れたくないなと思っていて、日記のようにこの曲にすべてを閉じ込めようと。
――ちょっと甘美な感じがして、切ないけれど悪い思い出はないというイメージが伝わってきます。
大橋:もう一度話したいこととか、伝えられていないこととか、まだきっとあるだろうなって。本当にパーソナルで、人に何かを伝えるというより、個人的なものとして完成させたかった楽曲ですね。