エイプリルフールの嘘企画から目指すはお茶の間へ 90年代ビジュアル系リバイバルバンド・色々な十字架のオリジナリティ

 エイプリルフールの嘘企画で結成したらあっという間に人気に火がつき、imai(group_inou)のツイートをきっかけに知名度を上げた、90年代ビジュアル系リバイバルバンド・色々な十字架。初ワンマンのチケットは5分で完売、ビジュアル系大型のフェス『バグサミ2022』にも出演するなど、嘘から始まったとは思えないほどの快進撃を続けている彼らが、今度はなんと1stアルバム『少し大きい声』をリリースすることとなった。90年代ビジュアル系バンドの耽美な世界観と独特すぎるワードセンスで”しし者”(ファンの呼称)を増殖させている、色々な十字架とは?(山田邦子)

ビジュアル系バンドは、ずっと思い描いていた嘘企画のひとつ

ーー色々な十字架。なんだかとても心がザワザワするバンド名ですね(笑)。

tink:色々な十字架は、嘘から始まりし90年代ビジュアル系リバイバルバンドです。もともと私がティンカーベル初野としてソロ活動もやってるんですけど、2018年のエイプリルフールから、「半分ウソで半分ホントのアーティストをプロデュースする企画」というのを毎年やってまして。正統派アイドルとか犬アイドルとか嘘の企画をやってきたんですが、ずっと思い描いていた嘘企画のひとつだったビジュアル系バンドとして、2020年に色々な十字架が生まれたんです。ギターのtacatoくんは元々ビジュアル系もやってたんですけど、対バンしたときに、「ビジュアル系やりたいから一緒にやってくれない?」って声かけたところから始まり、メンバーを集めて、嘘企画で1曲目を出したらこんなに人気になってしまいました(笑)。

ーーちなみに今日、もう1人のギターのkikatoさんは?

tink:kikato様、今日はひと言も喋らず裸で立ってますけど気にしないでください(笑)。

ーー欠席ということですね(笑)。tinkさんのソロもそうですけど、嘘企画のシリーズも含めてめちゃくちゃいい曲が揃ってますよね。

tink:そうなんですよ。曲はいいんですよ(笑)。

ーーそのいい曲を、アイドルとか犬とかビジュアル系とか、アプローチの仕方を変えて発信されているんだろうなと思いました。

tink:そうですね。昔からやりたかったことを順番にやっていってるみたいな。そのうちの1つが、今回のビジュアル系だったんです。

dagaki:犬とかも昔からやりたかったの?

tink:やりたかった、やりたかった(笑)。

ーー犬アイドルなどに比べると、今回のビジュアル系はかなり大掛かりな感じだと思うんですが。

tink:ビジュアル系はバンドっていう形態じゃないと表現しきれなくて他人を巻き込む形になったので、ちょっと大がかりに見えてる感じはあるかなと思います。MVとかも作ったんで。

ーー2020年のエイプリルフールの頃って、ちょうどコロナ禍で大変になり始めた時期ですよね。

tink:志村(けん)さんが亡くなったじゃないですか。その直後が4月1日だったんです。あの時は日本がマジで沈んでて、その時に色々な十字架の1作目「良いホームラン」を発表したら、予想以上にみんなが元気になったって言ってくれて。そこからやりがいを感じていましたね、嘘から始まったのに。

ーーそんな感動的なエピソードがあったんですか!

tacato:曲出して、みんなの「元気になった」とか「嬉しかった」みたいなコメントを見たのはすげえ嬉しかった。みんな、超落ち込んでる時期だったから。

tink:元気になったって、連絡くれたり「いいね」押してくれたりして。

tacato:喜んでくれてるみたいだから、じゃあ2作目も作るかみたいなね。

misuji :嬉しかったよね。僕だけ別のバンドもやってたんですけど、そっちの方のファンの方も喜んでくれたりして。

tacato:(misujiとはMVの)撮影で初めて会ったんだよね(笑)。

misuji:共通の繋がりがtinkだけっていう状況だったから。

tacato:作業も全部オンラインだったし。「初めまして」って言いながら化粧する、みたいなね(笑)。

ーーしかし、よくこんなキャラが立った人たちが集まりましたね。

tink:人選のセンスですね。あとは、ぶつかり合わない人を揃えるっていう、バンドあるあるね(笑)。

ーーしかも、みんな演奏はめっちゃすごいっていう。

tacato:そこはもう本気なんで。

ーーだから、嘘企画だったとはいえいろんな人の目や耳に止まって引き下がれなくなったと(笑)。

tink:そうなんですよ(笑)。さっき言った、みんなが元気になったって言ってくれたのがマジで嬉しくて。あとは普通に、ビジュアル系やっぱ楽しいなって。ビジュアル系とひとことで言っても、いろんな曲調というか振り幅があるじゃないですか。やりたい曲調もあったし、それで第2作目の「大きな大きなハンバーグ」を出したら、またちょっとバズってしまって。そういうのが続いての今なんです。

ーー90年代っぽいビジュアル系って、今は実はいそうでいない気がします。

dagaki:そうですね。1曲だけ90年代リバイバルの曲を出しますみたいな人は結構いたと思うんですけど、バンドのコンセプトとして90年代っぽいものをやろうってのはあんまりなかったかもしれません。

ーーもちろんオマージュやリスペクトが前提にあってこそだと思うんですけど、演奏はめちゃくちゃ本気なのに歌詞を聴くと混乱するようなオリジナリティがすごいんですよね。

misuji:聴き流せないですよね(笑)。

tacato:結構思いつきでポンポンって、じゃあこれやってみようみたいな感じですけどね。それの連続。こんな曲やってみよう、こういう服にしてみようとか。

tink:他のビジュアル系バンドさんって、世界観とか、ちゃんと源流の掟みたいなのがあると思うんです。様式美みたいな。でも色々な十字架は活動の方法とかそういうのが取っ払われてるから。衣装とかも、こだわって作ってもらうとかじゃなくて自分たちで仕入れてますからね。普通にGUとかで(笑)。

dagaki:ヒラヒラがたくさんついてるのを、うまいこと組み合わせたりして(笑)。

tink:SNSの使い方もそうですけど、カチッとした世界観も特に決めてないんですよ。結構フランクだし。こういうふうに、なんでも普通に喋るし(笑)。それがもしかしたら他と差別化というか、とっつきやすいポイントになったのかもしれないですね。

tacato:そうだね、確かに。

ーー90年代のビジュアル系の、どういうところに魅力を感じてます?

tink

tink:自分は今10万33歳、1990年生まれなんですよ。だから小学生の頃から、お茶の間にもビジュアル系があるような感じだったんですよね。それこそSHAZNAとかXとかLUNA SEAとかがテレビに出てて、かっこいいイコールビジュアル系みたいな存在だったんです。でも、自分もそうなれるかっていうと、少年の自分には結構ハードルが高かった。そこから大人になっても憧れはまだ自分の中に残っていて、嘘企画としてやりたかったっていうのが根底にあるんです。あとは当時のヤンキー文化的な、オラオラしてる人たちがかっこいいっていうのがあって、そこはずっと惹かれるものがありますね。ミュージシャンとしてのオーソドックスなかっこよさっていうか。それにビジュアル系って、他のバンドに比べるとやっぱり、お化粧とか衣装とか、非日常感がすごいじゃないですか。それがやっぱキラキラしているように見えて、そういう日常とは違った憧れを抱かせるのが、ビジュアル系の魅力なのかなって思いますね。

ーーみなさん、どんなバンドが好きだったんですか?

tacato:XとかLUNA SEAとか、いわゆるCDTVとかで流れてたものを聴いちゃうっていうのは、みんな共通してあったのかな。

dagaki:GLAYとか、人気だったバンドはみんなね。

tink:でもなんで憧れるんだろう。

misuji:やっぱり非日常、とか。

tacato:アニメみたいだもんね。実際、あの頃ってアニメのタイアップにビジュアル系の曲がすごく使われてたし。自分が観ているアニメの曲をどんな人が演奏してるんだろうと思ったら、本当にアニメみたいな人だったりするわけじゃないですか。その頃はまだガキだし、なおさらそういうのに憧れてた。

tink:ビジュアル系っていうだけあって、他のバンドとはビジュアルが全然違うじゃないですか。そこも魅力なんだと思います。こんなふうに変われるんだ! みたいな。

ーーdagakiさんは、ビジュアル系の音楽的な部分にも惹かれていたそうですね。

dagaki

dagaki:そうですね。ドラムを始めたきっかけはX JAPANのYOSHIKIさんに憧れてなんですけど、今までで一番ハマったバンドはLa'cryma Christiなんです。La'cryma Christiは、ビジュアル系っぽくない音楽性だったんですよね。異国情緒があるとか、プログレッシブな曲展開をしてるとか、そういう評価をされることも多いんですけど、着飾ってお化粧をしたビジュアル系バンドとしての姿で、そうじゃない魅力を持った音楽をやる。La'cryma Christiに限らずだけど、ビジュアル系は音楽性がすごく多様で、その多様さに惹かれたところはすごくあります。Xみたいなメタルっぽい音楽もあれば、La'cryma Christiみたいな音楽もあって。自分の中でLa'cryma Christiは、いろんなジャンルの音楽を聴くようになったきっかけでもあるんですよね。退屈することなくいろいろ聴くことができたのも、ビジュアル系の音楽が持ってる魅力のひとつだと思います。

ーーmisujiさんは、ビジュアル系の音楽を通ってこなかったそうですが、今だから思うビジュアル系の曲の魅力は?

misuji

misuji:テレビでビジュアル系を観ていると、衣装は奇抜だし、音楽も結構激しくて、ちょっと怖いっていうイメージだったんですよね。僕は、キャッチーでポップな曲のほうが好きだったし、周りでビジュアル系を聴いてる人もいなかったから、ビジュアル系にそんなに触れることなく大人になった感じなんです。小さい頃は、ビジュアル系の人たちって目立つためにああいう格好をしてるんだろうなって思ってたんですけど、色々な十字架を始めてからビジュアル系の音楽にも向き合うようになって、自分たちのやりたい音楽を表現するためにそういう格好してんのかなって思うようになったんですよね。

ーー表現する要素のひとつとして。

misuji:はい。いわゆるビジュアル系っぽい曲を、Tシャツとジーパンでやっても曲の魅力を引き出しきれないと思うんですよね。だけど着飾ったりすることによって、リスナーに夢を見せられるというか。色々な十字架も、歌詞は全然ビジュアル系ではないですけど、この歌詞を際立たせるための、ビジュアル系っていう様式だったりする部分もあると思うんです。それが、ひとつのエンターテイメントとして成り立っているというか。演奏の土台がある上で、ビジュアル系のことを理解しようと向き合ってる姿勢があるから、面白いだけじゃなくなっているんだと思うんですよね。いい方向に昇華できてるのかなって、そんなことを最近ずっと考えています。

ーー色々な十字架は5人全員が曲を作るそうですが、制作はどんな感じで行なっているんですか?

tink:1人が最初から最後まで、打ち込みで作って持ってきます。簡単な打ち込み、ギターとベースとドラムだけ作って、あとはよろしくみたいな感じです。

dagaki:そこから、みんなでちょっとずつ肉づけしていくみたいな。

ーーライブでは全員、歌も歌われますよね。思いがけないところで思いがけない人が歌い出したりするから(笑)、このバンドは本当に持ってる手札がすごいなと思いました。

tink:僕、ルーツがQueenなんですよ。

tacato:本当に(笑)?

tink:Queenって、全員が歌えて作曲もやれるんですよ。そこに憧れてるんです。色々な十字架も、最初は自分だけだったんですけどだんだんみんな作ってくるようになって。

tacato

tacato:高校時代に作った曲とかもあるしね。

dagaki:僕、高校1年生のときにビジュアル系っぽい曲をポチポチ打ち込んで作ったんですね。でも周りに一緒にビジュアル系バンドやってくれる人がいなくて、ずっとHDDの奥に眠ってたんです。でも色々な十字架やることになったんで、それをみんなでアレンジして復活させることができたんですよ。

tink:2パターンあるんです。新規で作るのと、封印を解くのと(笑)。

dagaki:kikato様の作った「凍らしたヨーグルト」もリバイバルなんで。

tink:やっぱり、当時のあの空気がちゃんとあるんだよね。

ーー大人ならではの遊びじゃないですけど、ティーンエイジャーの時の青春がこんなふうに形になるってすごく夢がありますよね。

tink:本当に。大人の遊びって表現は本当に正しいと思います。めちゃくちゃ合ってる。

ーーあの頃の自分に言ってあげたい、みたいな感じですよね。これ、ちゃんと曲になるよって。

tink:まあ、「TAMAKIN」ってタイトルになってしまいましたけど(笑)。

dagaki:僕が高校時代に作った曲がね(笑)。さすがに高校生の自分に、「将来、この曲は『TAMAKIN』ってタイトルになるよ」とは言えない(笑)。

misuji:そうなる前に曲を消去だよね(笑)。

ーー歌詞は全てtinkさんが書いているそうですが、言葉選びをするときに自分の中のジャッジのポイントみたいなものがあったりするんですか?

misuji:それ、俺も聞きたい。

tacato:その時にハマってるもんでしょ?

tink:一周回っておもろいな、とかは結構入れてますね。

tacato:Twitterとかでたまに、すっげえ昔の自分のツイートをリツイートしてて、それがすげえ面白かったりする(笑)。

tink:(笑)。そういうハマってるワードとかを多分入れてきたんだろうなとは思いますけどね。「6年生を送る会」って曲があるんですけど、そういう学校のネタとかも、自分のジャッジの中に入ってる感じですかね。

ーートラウマと言ったら悪い意味に聞こえるかもしれないけど、学校とか何かしらのコミュニティとかでの経験も根底にある感じですか。

tink:トラウマもそうだし、楽しかったことも面白かった思い出とかも。自分の記憶というか。

tacato:昔こういうのあったよね、学校でこういう遊びしたよね、わかる! みたいな感じで盛り上がるよね。

tink:ちょっと脚色はしてるんですけど、たとえば〈ガキが協力して作ったカレー/平気で全部食う〉(「大きな大きなハンバーグ」)とかは、僕が実際にカレーを食べられたわけじゃないけど、おせっかいな保護者の方が、子供たちだけで作ってるのにめちゃくちゃ助言をしながら手伝ったりとかして、嫌だなって思った記憶とかそういうところから連想して書いてたりもします。

dagaki:子供の主体性を育てる場なのに(笑)。

ーー歌にすることで、いろんなものを成仏させてるみたいなことなんでしょうか。

tink:そうかもしれません。これからも、自分のそういう引き出しを開けていくんだろうなと思うし。

misuji:嫌な思い出だったとしても、曲にすることでいい思い出になるってあると思う。

tink:中学の頃野球部だったんですけど、めちゃくちゃ厳しかったんですよ。これは結構自分の中では割と嫌な記憶なんですけど、今思うと、中学生の野球なのにガチガチのサインプレイってウケるなって。そういうの最近喋ったりしてるんで、今後歌詞に反映するかもしれないです(笑)。「6年生を送る会」も、目がバキバキの先生がいたよねっていう話。そういう、みんなのふわっとした嫌な気持ちとかを載せているのかもしれないですね。「良いホームラン」とかも。

ーー記憶と結びつけて書くだけだったら、誰にでもできると思うんですよ。でもそれを「"良い"ホームラン」とか「"色々な"十字架」、「"少し"大きい声」っていう、どうにもモヤモヤするような、下手したらちょっとイラっとするようなところに着地させているのがこのバンドの個性だと思うんですよね。

misuji:ギリギリですよね(笑)。

ーーそういうところは、意識的にやられてるんですか?

kikato

tink:そうですね。松本人志さんとか『ピューと吹く!ジャガー』、『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』のうすた京介先生とかがすごく好きで、そういうイズムは人格に影響を与えてるから、ワードの感じにもそこからの流れはあると思います。中身がない感じが好きなんですよ。色々な十字架も、すごいふわっとしてるじゃないですか。

dagaki:色々な十字架って、どんな? みたいな。

tink:普通ビジュアル系として表現するんだったら、薔薇の十字架とか、具体的な意味を持たせますよね。“色々な”十字架って、面接とかで言ったら絶対こいつちゃんと考えてないんだなって思われるような抽象的なワードですからね(笑)。具体性がない。今回のアルバムの『少し大きい声』も、どっちつかずでふわっとしてる。そういうのが好きっていうのもあるし、結構そこは狙って考えてるかもしれないです。

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