SIRUPが語る、EP『BLUE BLUR』に至るまでの心情の変化 「世の中全体の絶望を認めたことで楽になれた」

SIRUP、“ポジティブな絶望”の真意

 SIRUPがニューEP『BLUE BLUR』をリリースした。2021年のアルバム『cure』ではコロナ禍初期の不安や焦燥を癒すような歌詞とパーソナルな音像が際立っていたが、新作ではグッとフィジカルに訴えるようなサウンドが顕在化。ヒップホップシーンのみならず、ポップシーンを牽引するプロデューサー、KMやChaki Zuluとの初タッグも現在の彼のベクトルを支えている。また、ラッパーのSkaaiと彼の相棒であるビートメイカー/プロデューサー・uinとのトリプルコラボも実現し、UKガラージ色の濃いサウンドも聴かせている。アルバムタイトルが示唆するようにテーマは“ポジティブな絶望”だという本作。そこに至る心情の変化や各曲の着想や歌詞に込められた思いを聞く。(石角友香)

“自分個人がどうしたいか”でしかない

SIRUP(写真=Mitsuo Okamoto)

――前作『cure』以降、コロナ禍も含めどんな心情の変化がありましたか。

SIRUP:『cure』を出した後の1年は自分も学びたてという感じでした。例えば自分のライブの現場を守るのに必死で、仲間と流れを止めないようにいろんなことを試行錯誤したりしつつ、アーティストとして社会との関係をもっと意識的に持っていったり、影響力をよりよく社会に使っていきたいというところでいろんなことを考えたりしたんですけど、やっぱりすごく大荒れだったんですよ。自分が考える時間やセルフケアの時間とのバランスも合わなくなっていき、どんどん心が疲弊していきました。現場をやるにしても、ちょっとでも濃厚接触の可能性があったら止めたり、そういうことがずっと続く中で「本当に明日ライブできるのか? 自分がもしかしたら発症するんじゃないか?」という状況だったじゃないですか。

――2021年の夏頃は最も緊迫していましたね。

SIRUP:それで精神的にも疲れてはいたんですけど、社会的な発信や戦いをやらないとーー僕は今もあんまり変わってないと思うんですけど、音楽や周辺の文化に関わるものは虐げられていくというか。状況が変わっていかないから、当時も自分でいろいろ言っていたのですが、自分がゲームチェンジャーになりたいという気持ちはなかったんですね。でもどこか背負いすぎていた部分があって。その中で「日本最悪! 業界も大変や……」みたいになってたんです。で、インディーズに戻ったり、武道館でライブをやることになったタイミングで、『cure』の頃の内省的なモードから、心もちょっと外に向いていって。その流れでアメリカに旅行に行ったんですよ。社会的なことやセルフケア、自分が学んでいるようなことはアメリカは先進国なので、いろいろ進んでいるんだろうと期待して行ったんですけど、英語を全然喋れないから空港に入るタイミングで警察に捕まったり(笑)差別的な態度を取られたり、本当にいろんなことが起こったんですよ。そこでシンプルに「どこに行っても良いところも悪いところもあるんだ」と冷静に気づいてしまったんです。

――希望を持って日本を脱出したのに。

SIRUP:もちろんアメリカで最高に楽しかった思い出も良いこともたくさんあったしまた行きたいですよ! でもその後「JAMESON」(アイリッシュウィスキー)の仕事で行ったアイルランドではめちゃくちゃいい人たちに出会えたり……そういう経験をしてもうぐちゃぐちゃになったので、日本でスタックしてたけど「結局どこにいてもその場所の問題と向き合うだけなんや」と思ったんですね。ということは社会全体が変わらない・変わるよりも、自分個人がどうしたいかでしかないということに気づいて。で、日本に帰ってきてからなんとなく“ブルー”というイメージがずっとあって、“BLUE BLUR”っていう単語も浮かんできて。希望を探して海外に出かけたのに絶望だった。どこにも希望がない。でもその感覚になったことによって逆に自分一個人の「どう生きるか」という意識が高まって楽になれた。社会との接続の見え方が変わったんですよ。世の中全体の絶望を一回認めた、それが今回のテーマの“ポジティブな絶望”なんです。

“境界線上”にいることの重要性

SIRUP(写真=Mitsuo Okamoto)

――なるほど。一番最初に着手した曲はどれだったんですか?

SIRUP:TiMTとの「MY BAD」ですね。TiMTは自分が大阪でやっているSoulflexのフィーチャリングでPEARL CENTERというバンドと曲を作った時に仲良くなって。前述のバンドの時のプロデュース力はもちろん、彼がソロでリリースしてる曲も好きで、今回一緒に作ることになりました。

――インディーポップ感が新鮮でした。

SIRUP:確か2021年くらいに自分のよく聴くプレイリストとか、ヒップホップやR&Bの人、例えばポスト・マローンとかオマー・アポロもそういうサウンドが主流になってきた瞬間があって、その時自分もすごくハマっていて。その中でTiMTとこういうのを一緒に作るのは面白いのができるんじゃないかなと。

――この曲ではどんなことを表現しようと?

SIRUP:恋愛ってどれだけ経験しても変わらずわからないことが多いじゃないですか。他人同士は究極、死ぬまで連れ添ってもわからないことの方が多いんじゃないかなと。で、コロナ禍でかなり自分が考えを譲って譲って譲ったけど実らなかった恋愛があったんですよ。「こんなに自分と真逆の存在の人に惹かれることってあるんだ?」と思うくらい(笑)。結局は「頑張ったけど無理やったか」という感じだったんですけど、時間が経ったらだんだんムカついてきて(笑)。でもひっくり返すと向こうの精一杯があれだったのかもしれないし「ムカついてきたけど、もういいか。もう俺が悪かったことでええよ。はいはい、オッケー。俺が悪かった」っていう気持ちになることないですか?

――真実はわからないですからね。

SIRUP:「もう自分のせいでええわ」って恋愛に例えて言ってるんですけど、開き直りですよね。開き直りを言葉にして大きい声で言うことってあんまりないから。そういうことを個人的にやってみたかったんですよね。

――それも一つの“ポジティブな絶望”かもしれない。2曲目の「BE THE GROOVE (Prod. Mori Zentaro)」はBoseのワイヤレスイヤホンとのタイアップですが、フィジカルにくるサウンドでこのEPのタイミングに合っている気がします。

SIRUP:タイアップの曲ではあったんですけど、“SIRUP印満開”の最新版という感じですね。僕はリリックで〈Hater〉とかあんまり言ってこなかったんですけど、一昨年のフジロック出演に際してSNSで自分の意見を表明したあたりの時、毎日「死ね」みたいなリプが届いていたことがあって。そういうところで感じたこともあって、ちょっと強いリリックが出てきた感じはしますよね。

――ワイヤレスイヤホンにもかかってますけど、〈ノイズは全てキャンセル〉というラインがありますからね(笑)。

SIRUP:いや、そうなんですよ。そういうことです(笑)。

――そしてSkaaiさん、uinさんとのトリプルコラボによる「FINE LINE」も新鮮で。先日、SpotifyのイベントでSkaaiさんのライブを観たんですが、思ったよりゴリゴリなステージングで。最近はラジオで番組も持たれてシリアスな話もされていますね。

SIRUP:彼は出自が特殊なので、より国際的な感覚を持っている人だと喋っていても思いますね(Skaaiはアメリカ合衆国・ヴァージニア州生まれ、大分県育ち。日本、韓国、マレーシア、シンガポール、カナダ、アメリカでの滞在経験を有し、日本語・英語・韓国語が堪能)。そもそも音楽をやり始めて数年ぐらいなのでポテンシャルもすごいし、ステージでのタフな感じの割に遊んでるときは少年っぽい(笑)。それが個人的にはフレッシュですね。ああいうタイプのミュージシャンでリリシストの人って寡黙な人が今までの僕の経験上は多かったので。だから自分的にもSkaaiという存在にはかなり刺激を受けてますね。

――実際に繋がりができたきっかけは?

SIRUP:「Period.」というシングルの時から聴いていて、アルバム『BEANIE』でファンになりました。uinと僕の共通の知り合いのTioという神戸のシンガーが2人を繋げて3人で今クルーみたいなものをやってるんですけど、そういう流れでもともと距離が近かったのはあります。

――“FINE LINE”=境界線というテーマはSkaaiさんと作るからこそ出てきたものですか?

SIRUP:そうですね。Skaaiという人間をもうちょっと知りたくて。セッションの日にuinがビートを組んでいる間に3時間ぐらい2人で喋っていて。出自の話とか社会に対しての意見、アートとビジネスの間の話だったり。「アーティストとしてどういうバランスを取っていくかは難しいけど、どういう風に考えてる?」みたいな話をして。そこからFINE LINE、境界線というテーマになって。

――何かと何かの間について書こうと?

SIRUP:まさに冒頭で喋ったみたいに、自分がどこに立っているのかを本当に知っておかないと、そもそも例えばネット上で誰かを批判している人たちも、批判している先の人たちも実は一国民としては同じところに立っているわけで、批判する先が的違いだったり、結局それが自分に返ってくる批判だったりもするんですよね。そういう視点はありつつ、プラットフォームがものすごく増えたので、情報の選択をする間もなく情報が入ってくる状態がずっと続いていると思うんですよ。だからこそ情報に流されず、どうやって自分で選択して自分というものを得ていくかを考えないといけない時代ですよね、ということを歌っています。

――まさに毎日繰り返されていますね。

SIRUP:でも、この曲の第一は音楽的にガラージがまたちょっと盛り上がってきていて、とにかく聴いてくれる人たちのテンションが上がってくれればいいなって感じですね。あとで思考がついてきたら面白いなっていう二重の構造になっていて、それもまた“FINE LINE”かなと。

――アートでもありビジネスでもあって、それは分かれているんじゃなくて境界線の上なんでしょうね。

SIRUP:まさにそうで、境界線上にいることっていうのはすごく大事なんだなと思いますね。

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