連載「lit!」第32回:2022年にロックの有効性を高めた新たな動き The 1975、米津玄師……国内外の象徴的な作品を辿る
週替わり形式で様々なジャンルの作品をレコメンドしていく連載「lit!」。今回は2022年を象徴するロックの作品をいくつか挙げていきながら、グローバル、および、日本のロックシーンを総括していく。
まず、グローバルシーンの動向を振り返ると、2022年は世界各国で、また複数の世代で、ロック復権を巡るムーブメントが同時多発的に起こった1年だったと言える。最も象徴的な出来事として挙げられるのが、ジョン・フルシアンテ&リック・ルービンを再び迎え入れたRed Hot Chili Peppersが2作のアルバムをリリースしたことだ。どちらもレッチリ流ミクスチャーロックの王道を闊歩する堂々たる傑作で、メンバー4人が誇るプレイアビリティが真正面からぶつかり合うことで起きるバンドマジックを存分に堪能できる作品だった。他にも、トム・ヨークが新たに結成したロックバンド The Smileが初のフルアルバムをリリースしたり、Museが新作において大胆なロックシフトを果たしたり、ジャック・ホワイトが精力的に2作のアルバムをリリースしたりというように、2022年のロック復権を象徴する各アーティストの動向を挙げていくとキリがない。
もちろん、こうしたムーブメントを牽引しているのは、上述したベテラン勢だけではない。今や“ロックの救世主”として全世界からの熱い期待を一身に引き受けるMåneskin。独自のフィルターを通して、グランジ/オルタナティブロックを現代ポップスへと昇華させるBeabadoobee。ポストパンクを基調としながらも、さらなる洗練と深化を推進し続けるFontaines D.C.とDry Cleaning。USインディーロックの未来を繋ぐBig Thief。パンク、ニューウェーブ、エモなどの多岐にわたる音楽性を最新作を通して見事に総括してみせたヤングブラッド。ライオット・ガールの系譜を継ぐThe Linda Lindas。他にもWet Legをはじめ、時代の潮流を明確に見極めながら、あえて意図的にロックという方法論を選び取り、その上に新しい価値観を乗せて歌い鳴らす新世代アーティストたちも続々と台頭を果たした。凄まじいスピードでジャンルの細分化&クロスオーバーが進んできた2010年代を経て、今、ロックはZ世代のリスナーを巻き込みながら、ジャンルとしての存在意義と有効性を再び獲得し始めていると言っていいだろう。ロックがユースカルチャーの王道をポップス&ヒップホップに奪われて久しいが、それでも、まだまだロックには、タフで眩い可能性が秘められている。2022年は、何度もそう強く確信させてくれるような1年間だった。
2022年のグローバルシーンにおけるロック作品の中で、あえて筆者が最も強く心を動かされたアルバムを挙げるならば、The 1975の新作『Being Funny In A Foreign Language』を選ぶ。詳しくは、第26回の「lit!」の記事でレビューを書いているが(※1)、彼らはあらゆるジャンルが並列化されて聴かれるストリーミング時代、つまりロックバンドがビリー・アイリッシュ、ケンドリック・ラマー、テイラー・スウィフトたちと同じ土俵に上がる時代において、ついに今作で“良いメロディと良い歌詞”を歌い届けるというシンプルな答えに辿り着いた。あくまでもロックバンドとしての矜持とサウンドスタイルを保ったまま、同時に、真正面から時代のポップと向き合う。その選択はきっと正しいし、過去4作の長い旅路を経て、その境地へと至ったバンドストーリーは感動的ですらある。The 1975は、2020年代のポップミュージック観を根底からアップデートすることのできる稀有なロックバンドであると以前から思っていたが、今作を聴いてその確信はさらに深いものになった。
続いて、日本のロックシーンについて。この連載で過去に複数回にわたり言及してきたように、2022年の動向を語る上で何よりも特筆すべきは、アニメとロックの幸福な関係性だ。最も大きな注目を集めたアニメ作品の1つ『SPY×FAMILY』(テレビ東京系)のオープニング主題歌となったOfficial髭男dism「ミックスナッツ」とBUMP OF CHICKEN「SOUVENIR」は、どちらもアニメの絶大な人気を推進力にしてヒットを記録し、新しい世代のファンを数多く獲得した。また、興行収入200億円に迫る大ヒット映画『ONE PIECE FILM RED』において、Adoが歌った7曲の『ウタの歌』のうち、「新時代」に並びチャート上で存在感を放っていたのが、Mrs. GREEN APPLEによる提供曲「私は最強」、Vaundyによる提供曲「逆光」だった。ここで挙げた楽曲はどれもアニメ作品への誠実な愛と深い理解に基づいていながら、果敢にエッジを攻め込んだ非常に痛快なロックチューンとなっていた。
そして、もう1つのトピックスが、10月クールで放送された『チェンソーマン』(テレビ東京系)のオープニング&エンディングテーマだ。米津玄師が手掛けたオープニングテーマ「KICK BACK」は、リリースから2カ月以上が経った現在もヒットチャートを席巻し続けていて、その勢いはグローバルにも広がっている。そうした鮮烈なクリティカルヒットを通して、同曲が問答無用で時代を“ロック”した事実は、間違いなくシーンの空気を不可逆に変えてしまった。米津のディスコグラフィを振り返っても、これほどまでにダーティで、無軌道な危うさを感じさせる豪快なロックチューンはなく、米津が『チェンソーマン』から受けたインスパイアは、それほどまでに深く大きなものであったということだろう。そしてそれは、週替わりのエンディングテーマを担当した12組のアーティストたちも同じで、Vaundyの「CHAINSAW BLOOD」や、ずっと真夜中でいいのに。の「残機」、Eveの「ファイトソング」をはじめ、まるで『チェンソーマン』の熾烈な物語に真正面から刃向かうような鮮烈なロックバイブスを放つ楽曲が次々と生まれていった。
総じて、上述した『SPY×FAMILY』や『ONE PIECE FILM RED』の関連楽曲を含め、アニメ作品のヒットという追い風を受けて日本のカルチャーシーン全体でロックが轟いた2022年は、やはり特別な1年になったと思う。何より、こうしたアニメタイアップは、そのまま各アーティストの海外進出の足掛かりとなることも忘れてはならない。このムーブメントは、もはや日本国内に閉じたものではなく、そこにこそ大きな希望を感じる。