和久井沙良、様々な出会いの中で生まれた初のソロアルバム ピアニストの枠にとどまらない多彩なクリエイティビティ

和久井沙良、様々な出会いの中で生まれたソロ作

 東京藝大在学中よりMALTAをはじめとした数々のプレイヤーとの共演を果たし、卒業後は即興演奏を軸としたライブ活動を行うほか、サポートミュージシャンとして、TK from 凛として時雨やYasei Collective、ずっと真夜中でいいのに。やyamaなどのライブやレコーディングに参加してきた、鍵盤奏者の和久井沙良。2022年には、自身がリーダーを務めるピアノトリオ・Sara Wakui & Spice Rhythmやシンガーのキャサリンとのユニット・LioLanとしての活動も開始した彼女が、待望の1stアルバム『Time Won’t Stop』をリリースした。

 和久井沙良名義で初となるCDは、Pecori(ODD Foot Works)やermhoi、吉田沙良(モノンクル)といったボーカリスト/ラッパーがフィーチャーされており、ピアニスト/キーボディストとしてだけではなく、彼女の作曲家、編曲家、トラックメイカーとしての多彩なクリエイティビティが存分に味わえる作品となっている。音楽家としてのスケールの大きさを感じさせるバラエティに富んだアルバムの制作に向かうまでの道のりを詳しく聞いた。(永堀アツオ)

自分でも演奏できるけど、作曲もできる人になりたいなと思っていた

——アルバムの話をする前に、これまでの道のりをお伺いできますか。ピアノを始めたのは何歳の時でしたか?

和久井沙良(以下、和久井):物心つくかつかないかの2〜3歳の頃からピアノに触れていたらしくて。祖母の家にピアノがあったんですけど、遊びに行くたびに、真っ先にピアノのある部屋に行ってピアノを弾いていたみたいなんですね。それを見た両親がピアノを始めさせてくれて、やったらハマって。そこからもう20年です。

——ピアノにハマったのはどうしてだったんですか。

和久井:なぜか聴いた曲を弾く能力があったみたい(笑)。生まれつき耳コピが得意な体質だったんですよね。譜面を読む前に、そっちの方が楽しくて弾いていました。初めて行ったピアノのレッスンも自分で耳コピした曲を披露した思い出があります。

——レッスンも楽しかった?

和久井:クラシックの厳しい先生だったので、毎週、怒られてました。楽しくはなかったけど、やめようとは思わなかったですね。当時は自分の意見や自分のことを言葉にするよりも、音楽で表現することがすごく楽しかったし、家では自由に弾いていて。ピアノを弾くこと自体に喜びを感じてたので、やめようっていう思考にはならなかったですね。

——プロフィールには9歳から作曲を始めたとあります。

和久井:ヤマハ音楽教室に通ってたんですけど、月に1回、東京からくる作曲の先生に習って曲を書くレッスンも始めて。年に1回、自分の作った作品を発表する機会があったので、そこに向けて1年間、曲を書いていくんですね。オーボエとピアノの曲とか、エレクトーンでオーケストラを表現して、自分がピアノをコンチェルトで弾く、みたいなことをやったりしてましたね。

——将来はピアニストを目指していましたか?

和久井:中学生の時に、自分にはもう音楽しかないのかなって思い始めていました。でも、私はピアニストというよりは、作曲家になりたかったんです。クラシックピアノをやっていたので、上には上がいることを自覚していて……でも、自分の作品を作って発信していきたいっていう思いがあったので、自分でも演奏できるけど、作曲もできる人になりたいなと思ってましたね。

——今の話を聞いて腑に落ちました。1stアルバムは、ピアニスト/キーボディストとしてだけではなく、メロディメーカーやコンポーザー、アレンジャーとしての資質が存分に発揮されているなと感じていたので。

和久井:ありがとうございます。それは意識してることです。でも、自分の曲を1枚のアルバムに収めることを今までしたことがなかったんで、出来上がった時はすごく嬉しかったです。

松下マサナオさんとのセッションを経て広がる輪

——もう少し、これまでを振り返ってもいいですか。MALTAさんのバンドにサポートとして参加して、今年はCOTTON CLUBにピアノトリオとして出演されていたので、てっきりジャズの人だと思ってたんです。

和久井:クラシックピアノを続けつつ、中学時代は洋楽のポップスにハマって、熱狂的なジャスティン・ビーバーのファンになったりしてて(笑)。ガーシュウィンやカプースチンあたりの作曲家も好きで聴いてました。高校生の時は加古隆さんやドラマのサントラとかをコピーしてましたし、板橋文夫さんというジャズピアニストの方が私と同郷で、年に何度か地元でライブをしてくれて。そのライブは祖母と一緒に行ったりしてました。そこで、類家心平さん(Tp)や纐纈雅代さん(Sax)、瀬尾高志さん(Ba)、竹村一哲さん(Dr)といったジャズの最前線の人たちに会って、かっこいいなと思って、高校生の時からジャズの真似事をするようになってはいました。

——MALTAさんのバンドにメンバーとして参加したのは?

和久井:藝大で、ジャズフュージョンアンサンブルっていう授業があって。みんなで好きにセッションしたり、講堂の中で順番にアドリブを取っていくんですけど、自分はアドリブが好きだったんで、当時、自分をさらけ出せる授業がそこしかなくて。好き放題に弾いていたら、MALTAさんが目をつけてくれました。1回ライブをしてみないかって誘ってもらって、一緒にやることになって。そこで、ジャズの最低限の知識やルール、歴史を教えてもらいました。

——ピアニストとしてライブに呼ばれることはご自身ではどう感じてましたか。

和久井:楽しいから大歓迎でした。ただただ楽しくやってましたね。

——卒業後の進路はどう考えましたか?

和久井:とにかく今を生きることに精一杯だったので、そんなに深く考えてなかったですね。しかも、大学を卒業した年が2020年で、コロナで卒業式も中止になっちゃって。だから、卒業した実感もないまま、社会に放り出されて。全然仕事もないし、迷ってたと思います。でも、“なんとかなるっしょ”みたいな気持ちが心の奥底にあって、今もこうしてなんとかなってます(笑)。

——(笑)。いろんなアーティストの方にサポートメンバーとして呼ばれていますが、ご自身の活動に特に影響を与えた出会いを挙げるとすると?

和久井:私はあまりセッションに行ったことがなかったんですけど、松下マサナオさん(Yasei Collective/Dr)にセッションで会って、そこから広がった感じがあります。マサナオさんが「この鍵盤、めっちゃ面白いじゃん」ってピックアップしてくれて。出会った次の月には、KenKenさんとひなっちさん(日向秀和/ストレイテナー)と、マサナオさんと私っていう、自分では全く考えられないようなものすごい方とのライブをブッキングをしてくれて。そのライブが和久井沙良の名前を知ってもらうきっかけになりました。マサナオさんが見つけてくれなかったら、私は今、ここまでなってなかったかもしれないって思ったりしますね。

——TK(凛として時雨)さんのライブにも参加していますよね。

和久井:そうですね。TKさんが自分のバンドでピアノを弾いてくれる人を探してたタイミングで、和久井沙良という名前が出てきたみたいで、私のマニアックなインプロ(即興)しかやらないライブに来てくださいました。

——どんなライブだったんですか。

和久井:2021年の秋口くらいから、そんなに本数は多くないけどソロライブをやり始めた時期で。当時は、フリーで、テーマもなく。「それでは聴いてください。インプロ」って言って、40分間ぐらいノンストップでインプロを弾き続けるようなライブです。その日は確か、ピアノを壊しちゃったんですよね。

——結構、激しいんですね!

和久井:プレイすると暴れちゃうんですよね。ゾーンに入っちゃうときがあって。そういうライブをしたときは全然記憶がないです。演奏するときはそうなりがちですね。さっき、あれだけ作曲家になりたいとか言ってたのに(笑)。プレイヤーとしては結構癖があるのかなって思うんですけど、そのライブを見た上で、TKさんにレコーディングに参加してほしいですって言われて。自分のプレイスタイルとTKさんの音楽がはまった手応えがあって、ライブもトントン拍子で決まって、そこからもう1年ぐらい一緒にやらせていただいてますね。

——ピアニストとして呼ばれることが多いんですね。

和久井:今はほとんどはそうです。でも、私は全部本気でやりたいなとは思ってて。編曲を頼まれたときは、自分の持っている知識を全部落とし込もうと思うし、プレイするときは指がつるぐらい弾きたい。全部全力投球してる感じですね。もっと楽曲提供やアレンジの仕事も増やしていきたいなって思ってます。

鬼のように曲を作って、なんとか12月のアルバムリリースにたどり着いた

——1stアルバムはいつ頃から着手しだしましたか?

和久井:2022年の1月か2月ぐらいからです。そもそもあまりアルバムを作るっていう目標がなくて。でも、3月に和久井沙良のソロ公演をCOTTON CLUBでやることが決まって。私は何も音源を出してないし、何の資料もなかったんで、COTTON CLUBの担当の方に、「沙良ちゃん、オリジナル曲があるんだったらリリースしたらいいんじゃないの? 紹介にもなるし」って言われて、確かになと思って(笑)。急いで、2月にレコーディングして、3月に初音源をリリースして。そこから、自分の作品をもっと作らないとなって思って、<APOLLO SOUNDS>の代表の阿部淳さんに相談したら、快く引き受けてくれました。それからはもう、鬼のように曲を作って、4月、5月、6月とレコーディングして、なんとか12月のアルバムリリースにたどり着いたっていう感じです。

——3月に配信リリースした「Mile in the green」はピアノトリオの曲になってます。

和久井:2020年1月ぐらいに初披露した曲なんですけど、上原俊亮(Dr)くんと、森光奏太(Ba)くんと私の3人でライブをする機会があって。その時に作った曲のうちのひとつで、3人でライブをしてるときも手応えがあったし、いつか音源にしたいなと思ったんで、この曲を最初のシングルにしようと決めました。

——ここからピアノトリオの曲が中心になるのかなと思っていたんですよね。でも、アルバム全体の印象としてはボーカルやラップが入っている曲の方が多くなっていて。

和久井:はい。そもそも自分はあまりピアノトリオを聴かないし、やりたいとも思っていなくて(笑)。本当に突っ走ってきたので、ちょっと振り返る、いいきっかけになってます。

——では1曲ずつ振り返っていきましょうか。4月にリリースされたのがermhoiさんをフィーチャーした「Deformare」でした。

和久井:2021年の10月ぐらいに、2人で栃木の小屋みたいなところに籠って、曲を作る企画に参加したんです。ermhoiさんとは初対面だったんですけど、一緒に曲を作ってみてめちゃくちゃ楽しかったし、本当に心から一緒に音楽をやりたいなと思って。だから、自分のアルバムを作るにあたって、最初に参加してもらいたいなって思ったのがermhoiさんだったんですよね。私がermhoiさんに合いそうなフレーズやコードを組み合わせたデモを送って。それにermhoiさんが声を乗っけてくれて。何回かキャッチボールしてできた曲なんですけど、楽器としての声をフィーチャーしたくて、「歌詞もいらないです」って。結果、あまり聴いたことのないようなサウンド感になったし、個人的にすごく好きな曲ですね。

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