私たちはどこまで“香取慎吾”を知ることができるのか アート作品、個展を楽しむためのポイントを解説

 香取慎吾の個展が東京・渋谷ヒカリエにてスタートした。香取の個展はパリ・ルーブル美術館、東京・ IHIステージアラウンド 東京に続いて約3年ぶりの開催。やはり驚かされるのは、圧倒的な作品数だ。今回、展示されているのは約200点と言われており、その半数は初出しの作品だそう。バラエティ、ドラマ、映画、CM、ラジオ、雑誌、SNS、さらにパラスポーツ支援に、アパレルのデザイン、そして歌手活動……と書き出したら止まらないほど多方面で活動している中、一体これだけの作品をいつ描いていたのだろうかと唸らされる。

 それは、香取本人も思うところのようだ。「いろんな顔のある“慎吾ちゃん”なので。そこが香取慎吾の面白いとこでもある」「けど、ふと“俺って何なんだ?”って」様々な場面で求められるポジティブな意味でも、思わず下を向きたくなるネガティブな意味でも、「自分って何なんだろう」という思いを込めて、個展のタイトルは『WHO AM I』と名付けたそうだ(※1)。

 『WHO AM I -SHINGO KATORI ART JAPAN TOUR-』は、来年1月22日までヒカリエで開催された後、大阪、福岡、石川、福島などの全国巡回も予定されている。これまで以上に多くの人が会場に足を運びやすくなった。そこで香取の作品について注目ポイントをいくつかおさらいしながらご紹介。個展を楽しむヒントになれば幸いだ。

“くろうさぎ”に見る香取慎吾の心の闇

 まず会場に足を踏み入れると出迎えてくれるのが、大きな黒いうさぎの立体像。左右非対称の耳と赤い目、そしてぷっくりとしたフォルムが特徴的なこのキャラクターは、“くろうさぎ”の愛称で親しまれており、香取の作品ではすっかりおなじみの存在だ。飼っていたわけではないけれど、あるときから香取の前に姿を現すようになったというくろうさぎ。「ぴょこぴょこぴょこぴょこ……なんだと思って」と不思議に感じていた香取だが、絵に描くことで、その姿は見えなくなったという。

 それから、くろうさぎは香取の心の闇を象徴として描かれてきた。香取が表舞台で決して漏らすことのない言葉を、くろうさぎの絵が代わりに叫んできたのかもしれない。人気者の“慎吾ちゃん”の中にいる、1人の人間としての苦悩。『WHO AM I』では、そんな光と闇のエリアが分かれており、香取の異なる顔として強調されている作りだ。

 さらにエントランスの大きなくろうさぎのほかにも、会場にはいくつか小さなくろうさぎを見つけることができる。それは神出鬼没なくろうさぎと遭遇していた、あの頃の香取の記憶を追体験しているような感覚かもしれない。そんな「くろうさぎに会えたら挨拶をしてあげてください」と香取。かつて香取にしか見えていなかったくろうさぎが、こうして作品になって私たちにも見えるようになった。それはおそらく香取の痛みや苦しみが昇華された証なのかもしれないが、やはりどこかで「見てよかったのだろうか?」とドキドキさせられる。

 SNSなど匿名でつぶやくのとは違い、顔と名前が全国に知れ渡っている香取の場合は一度見せてしまった闇が、これからの光の部分にも影響を及ぼすかもしれない。記者発表会で「ちょっと出展するか迷った作品もありますが」と話していたのも、それだけ勇気のいることだったからに違いない。しかし、「出し惜しみなく自分をさらけ出していこうと。“初めての僕”をみなさんに見てもらおうと思ってます」と続けた。表現者としての香取の覚悟を、改めてこの闇エリアから感じ取ることができるのだ。

内臓から髪の先まで“香取慎吾”を見せるということ

 なぜ大きなリスクを追ってまで自分自身をさらけ出すことにこだわりを持っているのか。それは過去に語っていた「アイドルって、自分が素材なんですよ」という言葉から察することができる(※2)。いろいろな顔を使い分けるようになった今でも、自分のすべてを知ってもらうことで成り立つ“アイドル”という顔がベースとなっているようだ。

 それは鑑賞する側の私たちにとっても同じだと気付かされる。今回の展示では、作品ごとのコメントは添えられていない。表記されているのは制作された年とタイトルのみ。それだけ自由に作品と向き合うことができるはずなのだが、私たちは「この年の香取慎吾は、こんな心境だったのか」と、やはり“アイドルの香取慎吾”と作品とを照らし合わせて考えずにはいられないのだ。

 もっと知ってほしい。もっと観てほしい。その香取の衝動は、くろうさぎを通じて心の闇を表現したことに加えて、肉体でも表現する術を模索する原動力にもなった様子。内視鏡で撮影された自分自身の体内の写真をコラージュした作品や、大きく引き伸ばしてプリントされた瞳、さらに10年近くためていた髪の毛で作ったくろうさぎ……など。その香取慎吾を構成するパーツをあらゆる手法で残そうとする制作意欲は、彼にとって生きる欲求そのものだったように思えた。

 心の中から体の中まで惜しみなく作品にしてくれつつも、連絡先をごく少人数にしか教えないなど、徹底して見せていない部分もある香取。その線引きに一切妥協のない姿が、まさに「パーフェクトビジネスアイドル」と呼ばれる所以だ。香取がどこまで自分自身を見せられるのか、そして私たちはどこまで“香取慎吾”を知ることができるのか。彼のアート活動は、そんな終わることのない挑戦なのかもしれない。

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