三上ちさこ×根岸孝旨×保本真吾、大胆なチャレンジから生まれた新たな代表曲 fra-foaを通して実感した“自分自身の可能性”
コロナ禍による2度の延期を経て、先日5月25日に満を持して行われた三上ちさこの20+2周年のアニバーサリーライブ『Re: Born 20+2 Anniversary Live -三度目の正直-』。その模様はレポートに記した通りだが(※1)、彼女の歴史を辿るようなセットリストを通して、あえて長らく距離を置いていたfra-foaの楽曲ともう一度向き合い、“今の三上ちさこの音楽”として見事に歌い切ってみせた。さらに、fra-foaの2ndアルバム『13 leaves』(2002年)をプロデュースした根岸孝旨がサポートベーシストとして参加。自らfra-foaの楽曲を演奏するという光景にも感慨深いものがあったし、進化し続ける三上の歌声で初披露された新曲「レプリカント(絶滅危惧種)」が残した強烈なインパクトも含めて、本当に感動的なライブだった。
今回はそんなライブについて振り返りながら、7月6日に配信リリースされた「レプリカント(絶滅危惧種)」について紐解くべく、2018年の三上の復帰作『I AM Ready!』以降をプロデュースしている保本真吾を交え、三上、根岸による鼎談を行った。同曲では根岸がサウンドアレンジを担い、彼のバンドメイトでもある西川進(Gt/アニバーサリーライブにも参加)、屋敷豪太(Dr)という手練れのメンバーが極上の演奏を披露。どっしり聴かせるロックサウンドに、ストリングスが壮麗に絡み合う美しい1曲となっている。三上の創作の根底にあるもの、根岸と共に音楽に向き合うことの特別さ、ソロでの三上を支え続けてきた保本の想いなど、音楽人としてのそれぞれの挑戦と覚悟が感じられる取材となった。(編集部)
「根岸さんに参加してもらうには相当腹を括らなきゃいけない」(保本)
ーーアニバーサリーライブを終えてみての心境はいかがですか?
三上ちさこ(以下、三上):想像以上にたくさんの人にライブを喜んでもらえたことが嬉しかったです。コロナ禍で人と会えない時期も続いたので、目の前に聴いてくれる人がいることは、こんなに大きな力になるんだなって思えました。
ーーコロナ禍で2年の延期を経ての開催になりましたけど、fra-foa以降のキャリアが1本に結びついたという意味では、“22年越しのライブ”になったような感覚すらありました。
三上:その都度全力でやってきたから、今回のライブが集大成みたいな感覚はなかったですけど、アーカイブ配信を1週間やったので、それを観ているともう1回感動が蘇ってきて。ファンの人たちと同じ気持ちを共有できたことで、そう思えた部分もあったかもしれないです。
保本真吾(以下、保本):本当なら2020年の5月24日(fra-foaが2000年に初ライブを行ってからちょうど20年の日付)にやる予定だったアニバーサリーライブが延期になってしまって、そこからの2年間が集約されてようやくできたのが、先日のライブだったんです。あの日、あのメンバーだからできたライブだったと思っていて。三上のプロジェクトで根岸さんに参加してもらうのは、やっぱり相当腹を括らなきゃいけないところもあったんですよ。
ーーそうですよね。
保本:根岸さんは三上にとって最後の切り札なんです。ずっと“今の三上ちさこ”を見てもらいたい気持ちがあったし、fra-foaの曲をやってしまうと今までソロでやってきた三上の流れをぶった斬ってしまう可能性もあったので、あえて触れないようにしてきたんです。
三上:私も簡単にfra-foaの曲に頼りたくない気持ちがあって。昔の曲をやればお客さんが来てくれるかもしれないけど、今の自分で戦いたいって思ってたから、2018年に13年ぶりのフルアルバムを出した時も全部新曲で行こうと決めてましたし。でもやっぱり苦しい時期は続いて、その中でやれるだけのことはやったように思えたんですよね。そこから先に進むためにどうしようか考えて、ふと根岸さんの名前が挙がった時に「fra-foaをやるなら今かもしれない」って思ったんです。
保本:自分からもたくさん話しました。「根岸さんを呼ぶってことは、封印してきたカードを切るんだよ」「fra-foaの曲をやるんだよ」って。
ーー根岸さんは実際にライブで演奏してみていかがでしたか。三上さんとライブで共演するのは初めてですよね。
根岸孝旨(以下、根岸):実はfra-foaをプロデュースしていた時もライブは観たことなかったんですよ。当時は僕が人生で最も忙しい時期だったこともあり、誘ってもらってたんだけど行けてなくて。けど僕は以前から彼女の歌が好きでしたし、ライブを一緒にやれることが光栄だったので、スケジュールさえ空いていれば絶対に引き受けたいと思っていました。まあどちらかと言えば楽しそうだなと思って、能天気に参加してましたけど(笑)。
ーーfra-foa時代の三上さんへの印象はいかがでしたか?
根岸:僕は「青白い月」(2000年)でfra-foaを知って。楽曲のイメージだと下を向いて話も聞いてくれない人なんじゃないかと思ってたけど(笑)、今とそんなに変わらず、何か聞いたら明るく返してくれる人だったから「よかったな」って思いました。あとfra-foaのメンバーってfra-foa以外の世界を知らないから、曲によってはギターは1曲通して同じコードだけを弾いてるのに、ベースは全然違うところを弾いていたりしていて、とにかくめちゃくちゃだったんですよ。でも、それが重なると自然にfra-foaの音になっていたのが不思議でした。ライブで完コピしてみて、「こうなっているのか!」と改めて分析できたのは面白かったですね。
三上:みんな決め打ちのフレーズを持ってきてたから、よくも悪くもそれしか弾けなかったんですよね。
根岸:演奏については僕の言うこともあまり聞いてくれなかったからね(笑)。でも、自己流にカバーせずに、まずはそのまま弾いてみるって結構大事なことなんです。例えば亀田誠治くんのアレンジとか、あのベースを弾いてみることで「なるほど。こうなってるのか!」ってわかる。だからサポートやアレンジをやる時は、アーティストの気持ちになるためにまずは完コピしてみるんですよ。
「自分らしさをちゃんと出して希望が見えるアレンジに」(根岸)
ーー三上さんはソロになってからfra-foaの曲を聴いていたんですか?
三上:いや、全然聴いてなかったんですよね。今回歌ってみて、昔に戻れたというよりは、今の自分で奏でられた感覚が強かったです。fra-foaをやってた時はパフォーマンスで自分の全てを出し切ることが、観てくれる人に対する誠実さだと思っていたんですよ。だからライブが終わった後にまだ立てていることが許せなくて。「何ぬるいことやってるんだよ」って自分を責めたりしながら、気力を振り絞ってやってました。でも最近は違って、お客さんが何かしらの感情を持って帰ってくれることが一番大事だと思うようになったので、昔はちゃんと歌えなくてもいいと思ってたんですけど、今はちゃんと歌を届けたいと思うようになって、練習もたくさんするようになりました。その変化は大きかったです。保本:今の三上のスタンスでfra-foaの曲を聴いたら、やっぱり希望が見えたんですよね。それが本当によかったなと思って。もう昔の曲を封印するとか、そういう考えはなくていいんじゃないかなってライブを観た時に感じました。
三上:あるファンの方が「20年前の曲は古いんじゃなくて、20年もの間ファンと一緒に育ててきた音楽なんだ」と言っていて、本当にそうだなと思いました。その中で今回の新曲「レプリカント(絶滅危惧種)」を披露できたのもよかったです。
保本:昨年の夏に「レプリカント(絶滅危惧種)」を作り始めた時、三上の活動を今後どうしていくかが本当に宙に浮いてた状態だったんですよ。シングルもいろいろ出してたけど、コロナ禍でライブもできないから話題になりづらいし、かなりお手上げな状態でした。自分もその時ばかりは初めて「もう続けられないかもしれない」と思ったほどで……。そんな中で「どうなるかわからないけど新曲を作ってみよう」と言って、三上も何曲か作ってきて、最後にできたのが「レプリカント(絶滅危惧種)」だったんです。
ーーそうだったんですね。
保本:三上の復帰以降はずっと自分がアレンジとプロデュースをしてきたんですけど、上がってきた曲を聴いて、今回は自分じゃない方がいいなと思ったんですよね。それを託せる人は誰なのかと考えた時に、ちょうどいろんなことでお世話になっていた根岸さんと食事した際に相談させていただいて、曲も聴いてもらって、サウンドプロデュースをしてもらう流れになりました。僕は俯瞰で見られる立場に徹しようと。そしたら根岸さんが、僕もすごく尊敬しているドラマーの屋敷豪太さんや、オルタナ/グランジを弾かせたら日本一なギタリストの西川進さんを連れてきてくれて、もう本当に根岸さんにおんぶに抱っこな状態で進んでいきました。「これなら曲が見えてくるかもしれない」と思えた矢先に、アニバーサリーライブの方もうまく進められるようになったんですよね。ーー保本さんが「今回のアレンジは自分じゃない方がいい」と判断したのはどうしてだったんでしょうか。
保本:三上のソロ曲を4〜5年作り続けてきて、正直リスナーからはいろんな声が聞こえてきたんですよ。fra-foaの音を欲している人からは相当厳しいことを言われた時期もあったので、「求められているのはこれじゃないのかも」って思うこともあったし。でも、オルタナ/グランジを歌った時の三上の良さは自分も理解していたので、新曲でそれをやるんだったら腹を括って自分が引き下がらないと、次のステップアップが見えてこないなと。
ーー保本さんもプロデューサーとして大きな賭けに出たんですね。
保本:三上が前に進むためには自分のこだわりを1回捨てた方がいいのかなって。でも今ヒットを飛ばしてる若い世代に頼むというよりは、ちゃんと三上のことを知っていて、サウンドプロデューサーとしても第一線で作ってもらえる人に託したいという想いがありました。それに自分もまだまだ先輩方から学びたかったんですよね。50歳手前になって、人から学べる機会も少なくなってきたので。今回は根岸さんにすごく勉強させてもらえましたし、三上のアニバーサリーライブまでいい方向に転がっていったので、間違ってなかったなと思います。
ーー根岸さんは曲からどんなイメージを受け取って、アレンジを進めていったんでしょうか。
根岸:最初は暗いところを歩いているけど、だんだん光が見えるようになってきて、最後は「明るくなってよかった」っていうイメージの曲だなと思ったんです。だから希望が見えるアレンジしなくちゃいけないと思ったんですけど、実は最初はギターロックサウンドにしたくなくて、むしろ全部打ち込みでやろうと思ってたんですよ。
ーーそれは意外ですね。どうしてそう思ったんでしょうか?
根岸:ちょうど僕がアレンジ作業を始めた時、今までそんなに聴かなかったヒップホップ系の音楽にハマり始めて。アメリカでめちゃくちゃ売れたリル・ナズ・Xとかを聴いて、「変な音だけど新しい。こういう印象の音にしたい!」と思ったんです。それで得意なギターロックを1回封印したので、西川くんも豪太くんも難波(弘之/Pf)さんも呼ぶつもりはなかったんだけど、進めていくうちにやっぱり何か足りないなと。試行錯誤していろんな音を差し替えてたんだけど、明るい出口が見つからず……最終的には保本さんのアイデアもあって、ドラムもギターもせっかくだから生で弾いておくかということになりまして(笑)。持つべきは旧友だなということで西川くんと豪太くんと難波さんに声をかけました。自分のベースも生で弾くか、最後まで渋ってたんだけどーー。保本:そこはさすがに根岸さんに弾いてほしいなと思いましたよ(笑)。
根岸:「かっこいいベースの音源ない?」みたいに相談しちゃってたからね。でも冷静になってみると、打ち込みだけで作るなら僕より優れてる人がいっぱいいるわけで。ここは意地を張ってる場合じゃなくて、自分らしさをちゃんと出して勝負しなくちゃいけないなと思いました。1人だけで違う世界に行けるわけではないし、ましてや人の曲を作るわけですから。
三上:そのお話、聞けてよかったです(笑)。
保本:僕はそうやって根岸さんが作ってくれるものを、きちんと形にすることが今回の仕事だなと思ったんですよ。ストリングスも大々的に入っていますけど、「生音で入れるとお金がかかるから、できないんですよね」とは言いたくなかったので、スタッフとも相談しながら、どうやったら音を録れる場を用意できるのか、ずっと考えてました。