”キャッチーさ”は時代を超える? 昭和&令和ポップスの共通点と違いを探る

“キャッチーさ”における昭和のヒット曲との共通点

 ここまで現代の“キャッチーさ”について書いてきて、発見したことがある。インパクトのあるイントロ、短いフレーズのループ、サビに向かうフック、Aメロとサビだけのシンプルな構成の繰り返しなどは、1980年代の昭和ポップス・歌謡曲にも通ずるということだ。例えば、その音色までも含めてインパクトのあるイントロといえば、当時流行したSimmonsの電子ドラムを使ったC-C-Bの「Romanticが止まらない」(1985年)(※2)。口語体が主体の歌詞でリズムを生んでいるのが中森明菜の「少女A」(1982年)。同じく少しいなたさのある軽快なメロディに乗せて、サビで〈タッチ〉という言葉を連呼する岩崎良美の「タッチ」(1985年)。ポップス的なバックトラックとキャッチーな造語、メロディアスなサビで始まり、そのサビメロを繰り返す、ヒット要素満載の「君に、胸キュン。」(1983年)で、一気に国内での認知度を上げたYELLOW MAGIC ORCHESTRA。イントロのド頭にガラスの割れる音を使い、その音を楽曲中からエンディングまで繰り返し使うことで、サブリミナルのようなフック効果をもたらしている吉川晃司の「サヨナラは八月のララバイ」(1984年)。数多くのシングル曲で、イントロにメランコリックなサックスのフレーズをサウンドアイコンのように用い、大ヒットを連発したチェッカーズ。中でも「哀しくてジェラシー」(1984年)や「NANA」(1986年)は最もわかりやすい例である。

C-C-B「 Romanticが止まらない-Single Mix」
中森明菜「少女A」
岩崎良美「タッチ」
YMO「君に、胸キュン。(MUSIC VIDEO・HD Remaster)」 MUSIC VIDEO
吉川晃司「サヨナラは八月のララバイ」
チェッカーズ「哀しくてジェラシー」

 そういえば、Adoの「うっせぇわ」がリリースされた当初は、メロディの起伏やその歌詞の雰囲気から、チェッカーズのデビュー曲「ギザギザハートの子守唄」へのオマージュ……などと分析している記事もあった。このようにサウンド面においては、共通項も挙げられる令和ポップスと昭和ポップスであるが、決定的な違いは歌詞の内容である。昭和ポップスは、“カッコつけることの美学とそこに対する憧憬”、対して令和ポップスは、“カッコつけないことの美学とそこに対する当たり前の事実”で形成されているように思う。例えば、1人=孤独という価値観があるとする。昭和ポップスは、孤独である自分、孤独に葛藤する自分がカッコいいという美学の一例として捉えていた。しかし令和ポップスは、1人=孤独と感じていないように思う。1人でいてもSNSなどを通して世の中とつながっているのが当たり前だからだろう。ゆえに令和ポップスの歌詞には、孤独でいることが当たり前で、寂しさも当たり前の感情として描かれているケースが多い。自分にも起こっている当たり前のワンシーンが、タイトなメロディに乗り流れてくる。多分、あの子も、今、同じようにスマホをいじっているだろう。だから繋がっている誰かに、誰もが“自分の曲”を共有するのではなかろうか。

 ただ、昭和ポップスも令和ポップスも日常の中で流れていたし、今も流れている。ふとしたときに、その音楽に癒されたり、助けられたり、勇気をもらったり、刺激を受けたりすることもあるだろう。そんな音楽の力は、いつの時代もきっと変わらない。

(※1)https://twitter.com/wurts2021/status/1402488199516090368/photo/1
(※2)https://rubese.net/lpedia001/target.php?name=c-c-b&id=187161

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