スティング、混迷極める世界に架けた音楽の橋 “黄金の時間”に生み出された新作を聴いて
「僕もみんな同様、パンデミックに影響されたし、人の暮らしは変わってしまった。だが、僕にとっては仕事に没頭する時間がもらえたという感じだ。パンデミックで仕事ができなくなることはなかった。スタジオがあったので、毎日、仕事には行けた。でも、いつコロナが収束するのか、今後ツアーに戻れるのかはわからなかった。今じゃ、僕の人生のすべてがスタジオの中、スタジオの机と楽器の中だ」と語るのは、5年ぶりのオリジナルアルバム『ザ・ブリッジ』を発表したスティングだ。
タイトル曲でスティングは歌う、〈人々がくぐれるような門をあけよう/皆が渡れる橋を架けよう〉と。それは環境問題や差別、貧困など、さまざまな問題に率先して立ち向かい、活動してきた彼だからこそ沸き起こるコロナ禍に苦しむ人類の現状に対する痛切な思いであり、多くの側面を持ち表情豊かなアルバムの最根底に流れる願いである。
一瞬たりとも休むことなく、数多くの作品作りやプロジェクトに挑み続けてきたスティングがこの新作に向き合うきっかけとなったのは、2020年2月末だった。
当時、生まれ故郷のイングランド北東部、造船業で栄えたニューカッスルを舞台に2013年に書き下ろしたミュージカル『ザ・ラスト・シップ』をサンフランシスコで上演していたが、コロナ禍のため市の要請で公演は中止に。急遽イギリスに帰国したスティングには、たくさんの時間が出来たのだ。出演者やスタッフらと共に、イングランドはウィルトシャー州に所有する16世紀に建てられたレイクハウスに戻り、スタジオもあるそこで楽曲作りへと向かった。スティングのような人にとって絶え間なく曲を書き、それをレコーディングしライブでプレイすることは、生きるために欠かすことのできない行為であり、だからこそ突然与えられた時間は迷うことなく曲作りに向けられた。セシル・シャープの『イギリス民謡集』などを元にフォークバラッドを研究したような曲もあれば、盟友的なギタリスト、ドミニク・ミラーと緊密に構成やアレンジを練り上げたナンバーなど、多彩な楽曲が揃いレコーディングが進められていく。基本的にはレイクハウスで録音されたが、イタリア、フランス、アメリカ、バハマなどにいる仲間たちとリモートにてレコーディングも行った。
リモートでの作業に関しては、今年3月にリリースした『デュエッツ』でもさまざまなパターンを経験済みであったから特にハードルを感じなかったのだろう。エリック・クラプトンやハービー・ハンコックを始め、ラッパーからワールドミュージックなど、ジャンル関係なくデュエットしたナンバーを集めた同作は、スティングというアーティストのフィールドの広さ、深さを直接感じられるものであると同時に、現代ポピュラーミュージックが到達した豊かさを聴かせてくれるものだった。そこでもイタリアを代表するズッケロと一緒にパンデミックに対し「9月(セプテンバー)には終息し、雨がすべてを洗い流すだろう」と歌っていた。そんな思いの延長上にこの『ザ・ブリッジ』があるのだ。