マライア・キャリーらが彩る映画『フリー・ガイ』の世界 ライアン・レイノルズの選曲センス光るサントラを聴き解く
映画『ナイト ミュージアム』シリーズ、『ストレンジャー・シングス 未知の世界』(Netflix)シリーズなどで知られるショーン・レヴィが監督を務め、『デッドプール』や『名探偵ピカチュウ』などの作品でお馴染みの俳優ライアン・レイノルズが主演/プロデュースを務める映画『フリー・ガイ』。8月13日の公開以来、世界ではもちろん、ここ日本でも好調な成績と評価を獲得している本作だが、この作品を語る上で欠かせないのが物語を彩る音楽の存在である。
特に印象的なのは、やはり主人公であるガイが(目覚まし時計のアラームに設定するくらい)お気に入りの楽曲であり、予告編でも大々的に使用されるなど実質上のテーマソングとしても起用されているマライア・キャリー「Fantasy」(1995年)だろう。劇中にはジョディ・カマー演じるミリー/モロトフ・ガールが本楽曲を口ずさむシーンも存在しており、本作の世界観自体が「Fantasy」を軸に構築されているといっても過言ではない。
本作のゲーム側の舞台となる『フリー・シティ』はトラブルが日常茶飯事で全く安全な空間ではなく、現実側も利益を最優先する大手ゲーム会社スナミ・スタジオと、同社に自身のゲームを盗用されたと主張する開発者の戦いが繰り広げられており、双方共に穏やかな状態ではない。だが、2つの世界を繋ぐ主人公ガイは、それを気にすることなく楽しく生活する超ポジティブなキャラクターであり、トム・トム・クラブ「Genius of Love」をサンプリングした「Fantasy」のグルーヴィで幸福感に溢れたサウンドと、世界最高峰のディーバであることを遺憾なく発揮するマライアの歌声が、ガイが活躍する本作の世界を極めて魅力的に映し出してくれる。
また、理想的なパートナーのことを想ってどこまでも舞い上がってしまう主人公の姿が本楽曲では描かれているのだが、タイトルの「Fantasy」が示す通り、それはあくまで空想上の話。主人公が想いを馳せているのは、街中を歩いていて横を通り過ぎるくらいの関係性でしかない人物なのである。だが、あくまでその人物こそが理想の相手なのだと信じて疑わず、日々、空想にふけるのだ。それはまさに本作の登場人物の姿と重なっており、もはやこの映画は「Fantasy」なくしては成立しないのではないか、と思えるほど完璧な選曲であると感じてしまう。実際、ライアン・レイノルズは制作初期の段階で本楽曲を作品の中心に据えることを決めていたという(※1)。本作全体のムード、そして物語の全ての原動力となっているのが「Fantasy」なのだ。
ちなみに、当のマライア本人も『フリー・ガイ』を相当気に入ったらしく、自身のTwitterではなんと本作を9回連続で鑑賞したことを報告している(※2)。まさに相思相愛のコラボレーションと言えるだろう。
また、実は本作におけるサウンドトラックの選曲は「Fantasy」以外もライアン・レイノルズ自らが手掛けており(※3)、ジャンルも年代もバラバラな名曲群が本作の荒唐無稽な、だが極めて愛らしい世界観を見事に彩っている。
物語前半、ガイが自らのレベルを上げながらゲーム内世界を駆け上がっていくシーンでは、現代のヒップホップシーンを代表するラッパーの一人であるロジックの「100 Miles and Running(feat. Wale & John Lindahl)」(2018年)が起用されており、クラシックなブレイクビーツに乗りながら、軽快かつファンキーに世界を掴もうとする楽曲のバイブスがガイの好調ぶりにさらなる拍車をかけ、本作中でも屈指の楽しさを誇るシーンが作り上げられているのだ。
一方で、ドラマティックなシーンでは、長きに渡って愛され続ける普遍的名曲の出番だ。本作屈指の名シーンでは、かのママス&パパスのメンバーであるママ・キャスによる名曲「Make Your Own Kind Of Music」(1969年)が流れ、その感動に拍車をかける。本作の舞台こそ現代のビデオゲームであるものの、そこにある人間関係が織りなす感情や、楽曲に込められた「あなただけの音楽を作って」というメッセージは、いつの時代も普遍的なものであり、ストレートに観客に感動を与えてくれる。
本作のサウンドトラックに収録された楽曲の年代は他に類を見ないほどバラバラで、(映画用に制作されたスコアを除くと)最も新しい楽曲は2019年のAGによる「Legendz (feat. Devvon Terrell)」であり、最も古いものはフレッド・アステア「Cheek To Cheek」でなんと1935年の楽曲。つまりおよそ84年もの振り幅が存在しているのだ。それでも一切の違和感を与えることなく、むしろ効果的に機能しているのは、本作がビデオゲームを舞台とした何でもありの世界を描いたものでありながらも、あくまで(それがプログラムだろうと実在する人間だろうと関係のない)登場人物同士の関係性や、個人としての自立という普遍的なテーマに焦点を当てているからだろう。改めて、楽曲を選曲したライアン・レイノルズのセンスに唸るばかりである。