ピノキオピー、初音ミクを通して表現したあらゆる「愛」の形 新作『ラヴ』で見出した、今ボカロで曲を作る意味

ピノキオピー、初音ミクを通して表現した“愛”

 8月11日、ピノキオピーにとって通算5枚目となるアルバム『ラヴ』がリリースされた。今年3月に所属していたレーベル/マネジメントからの独立を発表。本作は、そんな新たな航路を進み始めたピノキオピーにとって、“これまで”と“これから”をつなぐ架け橋的な作品と言えるかもしれない。

 アルバムはTikTok上でバズを生んでいる「ラヴィット」を始め、ここ数年発表してきた楽曲とそのリミックス、そしてアルバムのために制作された新曲にて構成。“愛”という、文字面や響きだけでいえば壮大なテーマを掲げた本作に、ピノキオピーは実際どんな思いを込めたのか。『ラヴ』の内側にある、作り手側の“愛”について確かめてみた。(編集部)

「ラヴィット」がこんなに流行るとは思ってもみなかった

ーーピノキオピーさんは今年3月に独立されて、今回のニューアルバム『ラヴ』は新たに立ち上げたレーベル<mui>からのリリースとなります。この<mui>という名前がまたピノキオさんらしいなと思いました。

ピノキオピー:レーベル名はスタッフと一緒に考えたアイデアで、<mui>は老子の「無為自然」の思想から取りました。最近は意図的なものが増え過ぎていると感じるのですが、僕としてはなるべく「無為」に活動していきたいので、その気持ちが反映されています。あとは個人的に好きなムーミンと名前の響きが似ているというのもありますね(笑)。

ーーそのレーベルからの第一弾作品となる『ラヴ』ですが、いまあえて、「LOVE=愛」というストレートなテーマを題材に選んだのには、何か理由があったのですか?

ピノキオピー:2年くらい前からコンセプトアルバムを作りたい気持ちがあって、そのときから「愛」をテーマにしたいと考えていたんです。過去にも「愛」のことを書いた楽曲はありますけど、「愛」のみに偏った楽曲を作ったことはあまりなかったですし、それぞれいろんな「愛」にフォーカスを当てた楽曲を一枚のアルバムにまとめたら、おもしろい作品になるんじゃないかと思いまして。

ーーひと口に「愛」と言っても、いろんな捉え方ができますしね。

ピノキオピー:よくある「君と僕」みたいな「愛」だけではなくて、「愛」の残酷な部分も含めてパッケージできればいいなと。2012年に発表した「ラブソングを殺さないで」が、「愛」には色々な形があることを歌った楽曲なんですけど、そのアイデアを1曲ではなくアルバムの形で再構築した側面もあります。自分の中から出てくる「愛」だけではなく、自分とは違う種類の人間が考える「愛」とはどんなものなのかを想像しながら曲を書いたりもしました。(別人を)憑依させるじゃないですけど。

ーー本作の収録曲の中で、最初に世に公開されたのは「恋の恋による恋のための恋」(2019年7月1日公開)ですが、この時点でアルバムの構想はあったのですか?

ピノキオピー:たしかにこの曲を作ってから今回のアルバムの構想が生まれた部分があります。これは自分の失敗ばかりしてきた恋愛経験や未熟な気持ちを振り返るような曲で……(苦笑)。そうやって自分自身に踏み込んでボーカロイドの楽曲を作ることがあまりなかったので、それをあえてやってみようというところから始まりました。アルバムも最初は主観的なものだけで作れないかなと思っていたんですけど、最終的には客観的な視点も取り入れるようになりましたね。

ーーそういえばベストアルバム『PINOCCHIOP BEST ALBUM 2009-2020 寿』のリリースタイミングでDECO*27さんとの対談(※1)を行った際、DECO*27さんは歌詞に「主観性」があるのに対して、ピノキオさんは「客観性」が強いという話になりました。

ピノキオピー:僕は客観的な楽曲を作りすぎていたので、この頃から自分の主観的なものを入れられないかなと考えていて、今回のアルバムはその両方で揺れ動きながら作っていた感じはありますね。客観的すぎると、聴いている側に響かない部分もあると思うんですよ。その人自身から出ている言葉がないと信頼できないというか。今はそのバランスを毎回考えています。

ーー今回のアルバム1曲目の「ラヴィット」はTikTokで3億回以上再生されている人気曲になっていて、いまや多くの人がこの曲を通して自身の「愛」の形を表現しています。

ピノキオピー:まさか僕もこんなことになるとは思ってもみなかったです(笑)。この曲は、流行りものに対するミーハーな愛について描きたくて作ったのですが、それが流行ってしまったこと自体批評的でもあるし、僕の中ではとてもおもしろい現象だと感じていて。もちろんこの曲を真っ直ぐに楽しんでくれている人がたくさんいることも嬉しいですし、おおしま兄妹のしゅんさんの「歌ってみた」が(TikTokでバズった)きっかけなので、本当にありがたいです。

ピノキオピー - ラヴィット feat. 初音ミク / Loveit

ーーそもそもは「推し」に対するミーハーな感情について描いた曲ですよね。

ピノキオピー:そうです。「推し」に対するエネルギーは非常に強いもので、それこそ「尊い」と言われたりもしますけど、ただ、盲目的過ぎると危ない一面もある。そこに対して若干アラートを鳴らしつつ、否定はしたくない気持ちで作った曲なんです。僕の中にも当然ミーハー心はあるし、好きなお笑い芸人さんには「わーっ!」ってなるので(笑)、その気持ちはわかるんですけど、冷静さをもって接する必要もあると感じていて。その意味では、主観と客観の両方が混ざった曲だと思います。

ーー「推し」に対する「好き」という気持ちは純粋なものですし、危うさがあることを認めつつ、そういう「愛」の在り方もあることを受け入れていることに、意義があるのかなと感じました。

ピノキオピー:たしかに、別にすごく害があるわけでなければいいじゃん、と思いながら書いてますね。ただ、流行りを追いかけている人たちは純粋な気持ちでも、それを作り出している側は純粋ではなかったりするので……。歌詞の〈か弱いウサギでいいの?〉という部分は、「そこにちょっと気付こうよ」という意味合いが含まれていますね。自分自身もいろんなシステムに絡めとられつつも好きなものはあるから、それを客観的に把握したうえで楽しめたら一番いいのかなと思っていて。踊らされていることを自覚して踊ろうという(笑)。

ーー続く2曲目の「アルティメットセンパイ」も、動画サイトではすでに人気のテクノポップチューン。歌詞の内容を端的に表現すると「愛すべき“バカ”の歌」と言いますか。

ピノキオピー:そうですね(笑)。僕の年上の先輩で「この人ダメだなあ」って思うけど、その人自体は飄々としているし、不器用ながらも頑張っていて、周りからめちゃくちゃ愛されている人がいるんです。この曲はそういう人をイメージして作った曲ですね。最初はもっと暗いテーマだったんですけど、書いていくうちに「愛すべき先輩像」に変化していって。結果的に明るい曲になりました。

ーー世の中、そういう人もいないと息が詰まりますからね。ユーモラスだけどどこか哀愁もあって、個人的には電気グルーヴの「ポケットカウボーイ」を思い出したりもしました。

ピノキオピー:あの曲もちょっと哀愁がありますよね。たしかに電気グルーヴは大好きですし、僕はどれだけ明るい曲を書いても、どこかに哀愁みたいなものを入れたくなるので、その意味では影響を受けているのかも。松本人志さんのコントもそうですけど、ちょっと悲しい要素を入れることで、おもしろさが際立ったりするじゃないですか。そういう明暗はつけたくなりますし、ユーモアとペーソスが混ざり合ったものが好きなんですよね。

ーーそこはピノキオさんの作品に常々感じる部分ですし、創作活動において大切にされている要素なんですね。

ピノキオピー:絵で例えると、ずっと同じ色だけで塗るよりも、別の色も混ぜたほうが深みが出るじゃないですか。あと、僕はマスコットキャラっぽいものが好きなんですけど、「かわいい」が過ぎるとちょっと違うんですよね。無表情のほうが好きなんです。

ーーたしかに今回のアルバムのジャケットになっている、ピノキオさんのオリジナルキャラクターのアイマイナも、いつも無表情ですね。

ピノキオピー:アイマイナは本当に無表情なんですけど、あれが頬を赤らめたり、「かわいい」記号を足し過ぎるとちょっと違うかなと。藤子・F・不二雄先生の作品でも、かわいい見た目だけど飄々としてるキャラクターが多いじゃないですか。かわいいけど、冷静だったり、哀愁だったり、残酷さが入っているものが好きなんですよね。

ーー3曲目の新曲「ねぇねぇねぇ。」は、キュートな雰囲気のエレクトロポップ調のナンバーです。

ピノキオピー:アルバムの中にひとつポップなものが欲しくて作った曲です。初音ミクと鏡音リンのツインボーカルで、お互いがお互いにかまってほしくて自分のことを話しているんですけど、互いに相手の話を聞いてないっていう構造です。ただ、作っているうちに、二人が二股をかけられていて、その人を取りあっている歌詞に思えてきたので、最後は〈片方を選べない感じ?〉という歌詞にしました。まあ、これは伝わらなくてもいいかなぐらいの要素で、表面的には掛け合いして楽しんでいる感じの曲ですね。

ピノキオピー - ねぇねぇねぇ。 feat. 鏡音リン・初音ミク / Nee Nee Nee.

ーーこの曲や〈純情捨てた原石 恋を売る蝶々になる〉といった歌詞で繊細なテーマを描いた「シークレットひみつ」からは、愛らしさと残酷さを併せ持った少女の二面性みたいなものを感じました。

ピノキオピー:前作(2019年リリースの4thアルバム『零号』)からの変化として、僕が工藤大発見(ピノキオピー本人が歌唱するプロジェクト)での活動を始めたことで、自分の使っているボーカロイドはそもそも女の子のキャラクターだということを意識するようになって。それに加えて、多分『ラヴ』というテーマに引っ張られて、「かわいいもの」というイメージが頭の中にあったので、女の子目線で歌う曲を作ってみました。せっかくボカロを使っているので、改めて立ち返ったというか。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる