オリヴィア・ロドリゴがプロムを通して描いた成長の物語 アルバムの世界観を視覚化した『SOUR Prom』レポ

オリヴィア・ロドリゴ『SOUR Prom』レポ

 アメリカの高校生活において最も盛り上がるイベントといえば、やはりプロムパーティだ。正装を身に纏い、仲の良い、あるいは好意を抱いている相手を誘って、豪華な会場へと赴きダンスを楽しむ。映画やドラマなどで描かれるプロムの様子に憧れを抱いた人も多いだろう。だが、その主役はやはり恋愛を楽しむ人々であり、例えば大きな失恋を経験したばかりのオリヴィア・ロドリゴの場合は話が変わってくる。

 6月30日にオリヴィア・ロドリゴのYouTubeで公開された『SOUR Prom』は、アルバム『サワー』の楽曲を中心としたコンサートフィルムであり、先日高校を卒業したばかりのオリヴィアによる「今までプロムに行ったことがないから、自分で小さなプロム・パーティを開こうと思った」という考えの元に生まれたものだ(※ 1)。

 新型コロナウイルスによるパンデミックの影響により、オリヴィアを含め多くの学生がプロムを経験することなく高校生活を終えてしまったことを踏まえると、そのコンセプト自体は非常に良いアイディアだと言える。だが、一方で自身の失恋を描いた楽曲を中心に制作された『サワー』の作風は、決してプロムパーティ向きとは言えない。しかし、オリヴィアはそれこそが今回のパフォーマンスの要となることを把握していた。

 『SOUR Prom』の始まりはどこか不穏だ。画面のトーンは薄暗く、外に止まったリムジンはホラー映画『キャリー』を彷彿とさせる。同映画は今回のイベントに際して公開されたアーティスト写真にも影響を与えているようで(※2)、オリヴィアは自分自身を同作の主人公であり、周りと馴染めずに疎外感を感じながらプロムに参加していたキャリーの姿と重ねているのかもしれない。家から出てきたオリヴィアは、美しい青いドレスを身に纏っているものの、そこに同伴者はいない。

 一人でリムジンに乗車したオリヴィアが、マイクを手に取り「happier」を歌い出す。だが、バックに流れる楽曲は「deja vu」であり、2つの楽曲が混ざり合いながら、元恋人の幸せを願おうと試みる感情と、割り切れない嫉妬心が交錯していく。車窓に映る景色は色彩も動きも歪んでいき、まるで現実ではない別の空間に迷いこんでしまったかのようだ。独創的でありながら、たった一人でプロムの会場へと向かうオリヴィアの心情を見事に描いたオープニングであり、改めてそのクリエイティビティに驚かされる。

 会場に到着したオリヴィアは、親交の深いコナン・グレイやマディソン・フーとの再会を喜びながら、ダンスフロアへと足を踏み入れる。だが、そこで披露されるのはアルバム中で最も怒りに満ちた過激な楽曲「brutal」だ。クラスメートが無邪気にプロムを楽しむ一方で、オリヴィアは明らかに居心地の悪さを感じており、渡されたドリンクを飲むこともなく、人々に軽蔑の目を向けながら会場内を移動していく。だが、プロムは続き、いよいよダンスパーティが始まる。一人残されたオリヴィアは、元恋人への怒りを込めた「traitor」を歌い上げる。ダンスの途中で動きを止めてしまった人々の姿は、オリヴィアが感じている永遠とも思えるほどの孤独な時間を表現しているのだろう。

 だが、オリヴィアの心情に反して、パーティは「jealousy, jealousy」でピークを迎え、ロックサウンドが会場を大いに沸かせる。オリヴィアのパフォーマンスも素晴らしく、特にブリッジでは音源以上の激しさで言葉を叩きつけていき、ボーカリストとしての魅力を改めて感じさせた。だが、この曲はパーティソングではなく、ソーシャルメディアを見ている中で感じるネガティブな感情を描いたヘヴィな楽曲だ。あくまで周囲をぼかして自分だけを捉えるカメラと向き合い続けるオリヴィアだが、やがて人々が近付いてきて自分自身を飲み込もうとする。このように『SOUR Prom』の前半パートでは、失恋に囚われ、周囲の人々に振り回されるオリヴィアの姿が描かれており、プロムというテーマから事前に想起されていたであろう内容とは大きく異なる内容となっている。

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