YOASOBIからNiziU、藤井風まで……いしわたり淳治に聞く、“2020年の歌詞”の傾向 「音楽が娯楽を取り戻した」
ヒゲダン、あいみょん……時代を背負っていく人たちが太く出てきたのはうれしい
ーーまた、11月の連載では、りりあ。さんの「浮気されたけどまだ好きって曲。」も話題にしていましたね。この曲もTikTok発の楽曲としてティーンを中心にヒットしました。
いしわたり:りりあ。さんのこの曲をカバーしている子ももちろんたくさんいるけれど、TikTokで調べていくと、「悲しい顔選手権」みたいにもなっていません(笑)? あの曲を流してただベッドに寝っ転がって物憂げな顔を見せるといったその使い方も新しいなと。MVの主人公になった感じというか、みんなそういう感覚でこの曲を捉えているんだなというのが面白い。
ーーTikTokでは、カバー動画以外にも自分たちの動画のBGMとして楽曲を使うというカルチャーが新しく生まれたことでバズる曲の方向性も少し変化してきたかもしれません。
いしわたり:そのような楽曲の使い方は今後もさらに進化していくんでしょうね。
ーー総合的なヒットチャートの動向で言うと、2019年から続くヒット曲「Pretender」を筆頭に「I LOVE...」「宿命」などOfficial髭男dismの楽曲が何曲も上位にランクインしていました。
いしわたり:僕はメインカルチャーがあってこそ、サブカルチャーの価値があると思っていて。ヒゲダンの他にも、あいみょんや米津玄師さんが新しいスタンダードとして、メジャーを太く走ってくれるというのはすごくうれしいこと。こういうアーティストが揺るぎなく、いい曲をコンスタントに出してくれるというのは、多くの他のアーティストにとってもすごくチャンスになると思います。メインがいなくて日替わりでごちゃごちゃ入れ替わるようでは、シーン全体の力がなくなっていく気がするんです。でも、メインとなる曲が売れれば売れるほどみんなのものになっていき、優れているものがいわばインフラのように、あって当然なものになる。水道をひねったら安全に飲める水が出てくるように、リリースされたら素晴らしいものがちゃんと出てくる。だからこそ、あえてミネラルウォーターを買う人が出てきて、違う考え方や違う価値観が生まれていき、そちらにも価値が生まれていくーーという音楽シーン全体が健康的な状態になる。なので、時代を背負っていく人たちが太く出てきているというのは、とっても素敵なことで、うれしいことだなと思いますね。
ーー最後に、いしわたりさんが今後チャレンジしたい歌詞表現などがあればお聞かせください。
いしわたり:今、世の中の音楽は9割以上が曲先で、曲があってあとから歌詞をつけるというケースがほとんどです。でも、歌詞から先に書く楽曲が歌謡曲の時代にはたくさんあって、それによるヒット曲もたくさんありました。これからは僕もそこに挑戦したいと思っていて。最近ミュージシャンの仲間と一緒に新しくユニットというかバンドみたいなものを組んで色々と曲を作っているので、それを来年は発表したいですね。
ーーどのようなコンセプトのユニットなのですか?
いしわたり:まずは詩先であること、あとは大人が聴ける新人であること。どうしても新人というと若者になりがちというか、若い子がデビューするイメージがあるけれど、僕みたいなそこそこキャリアのある人が新人としてアーティスト活動をやるというのは、ちょっと面白いのかなと思っていて。単純に僕が歳を取ってきて、若者の世界観の歌を真正面から聴けるかというと、カッコいい歌だとしても、若いなって、どこかでちょっと思ってしまう。だから、僕と同じように感じている人がもしいるとすれば、大人が共感できるような恋愛の歌や人生の歌があってもいいのかなと思っていて。
ーーたしかに歳を重ねていくと、新しいアーティストの曲の中から自分にフィットする曲を見つけるのはどんどん難しくなっていきますね。
いしわたり:ストリーミングサービスが浸透してきて、過去曲と新曲の差ってどんどんなくなっていますからね。自分が知らなければ過去曲も新曲も一緒のことですから。大人が聴ける音楽は旧譜だけじゃないんだぞ、みたいに“大人の新人”という部分を面白く思ってもらえると一番いいのかもしれません。
■書籍情報
『言葉にできない想いは本当にあるのか』
12月14日(月)発売
筑摩書房
単行本(ソフトカバー) : 240ページ