大森靖子が語る、“自分自身”を歌うことと共感性への思い 「決めつけると細かい違いがなくなっちゃう」

大森靖子が語る、“自分自身”を歌うことと共感性への思い 「決めつけると細かい違いがなくなっちゃう」

 大森靖子は、楽曲に対して多くの人々から自己投影を受けてきたミュージシャンだ。しかし、大森靖子は細かな差異を無視した「共感」は危険だと語り続けてきた。「楽曲の主人公=大森靖子」でもなく、また聴き手の写し鏡のようでいて、必ずしもそうではない、という複雑な構造を大森靖子の楽曲は内包しているからだ。その大森靖子が、自分自身のことを歌うと宣言して制作したのが、メジャーで5枚目となるアルバム『Kintsugi』。2020年7月から毎月続けてきた『Kintsugi』の収録曲の先行配信も完了し、「カウンセリングみたい」と大森靖子が笑うこの月例インタビューも今回で最終回。『Kintsugi』を通して、大森靖子が歌った「自分」とは何だったのだろうか。(宗像明将)

もう、密室に届けるしかない 

ーー『Kintsugi』は、世界に対する強烈な愛憎が渦巻いていて、聴き終えて心地良く疲れはてるぐらいでした。以前「日本人の感覚かもしれないけど、人は壊れれば壊れるほど美しくなっていくって思っていて。自分を壊すのが気持ちいいから、もう本当に酷い歌しか作らないって決めました(笑)」(参考)と言っていましたが、『Kintsugi』でそれはできましたか?

大森靖子(以下、大森):できたと思います。まあ勝手に壊れたんですけど(笑)。自分に向いていることだけを選べば壊さずいけるけど、それだけじゃ達成されないこともある。世界に対して「ちょっとここは抗ってみようかな」ということをやろうと決めたから壊れざるを得ないというか、「そりゃ壊れるよね」って。

ーー「夕方ミラージュ」での幕開けには衝撃を受けました。〈子供のために生きない私を残して/自由に当たり前じゃん/人でなしでいい 女したいわけじゃない〉という歌詞は、「母親なのに!」という声も浴びそうですね。

大森:「夕方、布団に寝転がって何もしない時間だけは、こういうことをいくらでも思いましょう」というのを描きたくて。これは別に誰にでもある気持ちで、子供のためだけに生きたら、その子供が自分の存在価値になる。それってけっこう危ないと思う、どんなに子供を愛していても。そうすることが母親として正義で、そうじゃない時間を持つことが悪のようになっている。「お母さんになってもかわいくいたい」という人に対して「親になってまでモテる必要ないじゃん、夫にかわいいと思われればいいじゃん」みたいな考えって、居酒屋レベルでよく聞く(笑)。その人はかわいくなりたいだけで、女をしてモテたいわけじゃない。ふと鏡を見た時に「今日もいい自分だな」って思いたいだけなのに、それって伝わらないんだ、って。

ーー囁くような歌い方をしていて、そこも意識的ですよね。

大森:ソファーと床に20センチぐらいの隙間があって、よくそこにはまって作曲していて(笑)。すごく落ち着くんですよね。そこで歌ってるぐらいに聴こえるといいな、って思ってレコーディングしている。

ーー「えちえちDELETE」は、曲名からポップな曲かと思ったんですよ。ZOCの「チュープリ」みたいな。そう思っていたら生々しいという。

大森:ずっと生々しい(笑)。30代にしか歌えない「30代エロさ」は出ているかな。かわいい曲はいっぱいあるから、今しか書けない曲を書こうと思って。

ーー大森さんは同世代ウケを考えたりしますか?

大森:根本的に女子と仲良くできなかったタイプなのでウケるわけがない。女の人が怖いっていうのは全然まだある。特に同世代の女子には。なんで女子に「刺さる」って言われているのかわからない。オタクの女子にも「おじさんのほうが距離が近くて、おじさんになりたいです」「女の子と距離取っていますよね」って言われる。当たってる(笑)。

ーー20代よりも30代のほうが人口が多いから、そっちを取りに行くほうがある意味で安牌ですが、それはやらないですよね。

大森:生活してて音楽を聴いたりライブに行く機会も少なくなる世代であるのはわかった上で、もう、密室に届けるしかない。子育てだって密室じゃないですか。ノイローゼっぽくなると思うから。

ーー大沢伸一さんがアレンジした「NIGHT ON THE PLANET」は、先行配信では英語でしたが、『Kintsugi』では日本語ですね。日本語になると解像度が上がる感じは特にない?

大森:つたないニュアンスを出さずに、アレンジに寄せたボーカルになっている。英語詞は普通に録ったままを乗せていて、こっちは大沢伸一さんの好きなボーカルの格好にしています。

ーー大沢さん、J-WAVEで大森さんのことを大絶賛していましたね。

大森:ずっとミュージシャンズミュージシャンだから(笑)。私は本当は玄人受けだと思うけど、言葉で「かわいい」を武器にして、それをごまかしている(笑)。やっていることは本当はかなり渋いというのを『絶対少女』(2013年)を作るときからずっと思っていて。『絶対少女』とか言ってるけど、私はずっと直枝(政広)さんと作業してんだよな、という現実と虚構の違いみたいな。

ーー今回はアルバムの新曲について聞いているんですが、先行配信された「シンガーソングライター」は終盤の歌詞が変わりましたね。アンチと神の話から、性器の比喩に変わっている。よくレコ倫が通したなとも思いました。

大森:本当はこっちが先だったんですよ。ラジオでかけにくいかな、って。私、ラジオ好きだからちゃんとかかってほしかった。レコ倫は通るんですけど、「モラルの問題がある」って言われて。

ーーでも、大森さんは先の曲のほうをラジオでガンガン流したかったわけですよね?

大森:うん。でも、下品に言っているつもりはない。表現としてそれを使うことは下品だと思っていないから、自然に使ってしまっている。「こういうの言ってますよ、ドーン!」だと下品だけど、そういうマーケティングだから。

ーー歌詞を変えたのは、この1曲だけ?

大森:そうですね。最後の「KEKKON -Kintsugi-」で台詞が入っているくらいです。

ーー「堕教師」は、このアルバムの最大の衝撃作と呼んでもいい。一緒に歌っている女性は誰ですか?

大森:橋本愛ちゃんです。愛ちゃんとはずっとやり取りしていて、MVを見てもらったり、ライブにも来てくださったりしていて。愛ちゃんと、愛ちゃんの文章が好きで。「一緒に歌ってみたい」とオファーしたら、「いいですよ」って。

ーー橋本愛さんは2013年に「ミッドナイト清純異性交遊」のMVに出ていたので、7年越しの音楽での共演ですね。でも、いきなりこの曲ってハードルが高すぎませんか?

大森:あはは。でも、愛ちゃんって、あまり学校生活に馴染みがないけど、そういうことを想像するに長けている職業をしていて、いろんなものを見て想像力を培ってきた人だから。私、親が教師なんですけど、教師の世界は思ったよりも狭すぎたから辞めて、結婚をして、結婚したらもっと世界が狭かったという絶望を抱えていて(笑)。音楽をやっていく上で、「教養って音楽や愛情を受け入れる器を作るのに大事なことなんだな」って思うシーンがたくさんあって、学校で学ぶべきことについて考えていて。去年「教師だけど手首を切って、それをnoteに投稿してバズっちゃいました」ってファンの女の子が「ミスiD」を受けに来て。ぱやちのちゃんっていうんですけど、すっごくおもしろくて曲に起こしたくなって。曲については愛ちゃんにいろいろ聞かれました。「ここはどういう気持ちですか?」とか。1行ずつ理解をしようとしてLINEをくださって、「あぁ、丁寧な人だな」って。それでも一発で世界に入り込んでいたからすごかった。

ーーレコーディングはどんな感じだったんですか?

大森:当日歌割りをごまかしごまかし増やしていきました(笑)。

ーーそして、結果的に半分くらい歌っている(笑)。

大森:はい(笑)。歌詞の内容との辻褄があるので。ふたりで歌っているけど人格が2個にならないように。だから愛ちゃんの世界を……ふふふ。

ーーサクライケンタさんが編曲なので、ずんね from JC-WCの「14才のおしえて」(2015年)も連想しました。

大森:それも意識してサクライさんに頼みました。「14才のおしえて」を歌っている人はずっとこうだよね、っていう。あの気持ちを持っている人は教師になっても変わらない。

ーー「堕教師」の歌詞の〈女やらなきゃいけないとか納得いかない〉という感覚は、「夕方ミラージュ」の〈女したいわけじゃない〉に通じるものがありますね。

大森:人間として手や目があるのと同じで、自分に女があるぐらいの感じだから、使う・使わんを女同士で批判し合ったり、ああだこうだ言われるのはめんどくさい。「どちらでもいいじゃん」って思っちゃう。

ーーポップで暴力的という点では、「堕教師」はアルバムで頭ひとつ突き抜けていると感じました。

大森:そこのバランスは意識してますね、暴力はポップに(笑)。

ーー橋本愛さんは、「堕教師」について何て言っていました?

大森:「なんでこの曲なんですか?」って(笑)。この曲を作った意図を全部説明して「愛ちゃんは、馴染みがないからこそ描けるものがあるはずです」って。学校に行っていたら「自分の学校はこうだったから」って固定概念が出ちゃうから。教育全体のことを考えたかったので。ZOCのファンは学生が多いんですけど、大人を大人って本当に思っているのが衝撃で。自分は思っていなかったから。普通に先生をひとりの人として馬鹿にしたり、尊敬したりしていた。「この人は好き、この人は嫌い」という見方で、「先生」という見方はしていなかった。でも、そういう子たちは先生は先生、大人は大人、プロデューサーはプロデューサーみたいな、肩書きで人を見ていて。

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