ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察
ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(5)ナユタン星人、バルーン、ぬゆり、有機酸ら新たな音楽性の台頭
2016年以前にもエレクトロニックミュージックを手掛ける著名ボカロPとして、八王子P、niki、ねこぼーろ、椎名もたなどはいたが、特大ヒットとまではいかなかったり、同じムードを共有するボカロPたちが台頭しなかったりと、2009年頃のロック流行以降はなかなかシーンの中心の流行とまでは言えずにいた。しかし、ぬゆり、有機酸以降は、はるまきごはん、春野、歩く人、大沼パセリといったボカロPたちが次々とヒットし、ボカロヒットチャートに新たな風が持ち込まれたのだ。これも2014年頃のOrangestarやGigaなどによる非ロック的な感覚があってのものではないだろうか。
ナユタン星人とバルーンのダンスロック、及びぬゆりと有機酸のエレクトロニックミュージックはジャンルの特徴的にはそこまで類似点はないが、楽曲単位で見ていくといくつかの共通点が浮かび上がる。1つはハチの節で少し触れた「Just the Two of Us進行(丸サ進行/丸の内進行)」だ。ナユタン星人を除く3人のそれぞれ上位5曲にはこのコード進行を採用した楽曲がある。そもそもこの進行は名前の通り、Grover Washington Jr.「Just the Two of Us」や椎名林檎「丸の内サディスティック」で用いられている進行だが、この他にも数多くの楽曲で用いられており、特別珍しい進行ではない。これはボカロ曲も例外ではなく、2016年以前にもこの進行のヒット曲は多く存在する。とは言え、先の3人のヒット以降、以前にも増して見られるようになったことは確かだろう。2007~2019年の各年のニコニコ動画で再生数1位のボカロ曲を見てみると、ハチ「マトリョシカ」(2009年)、みきとP「ロキ」(2018年)、DECO*27「乙女解剖」(2019年)の3曲がサビでこの進行を用いている。また、邦楽との同時代性としては、いわゆるネオ・シティポップやKawaii Future Bassといったジャンル/シーンにこの進行が多い。その点では、2017年3月9日投稿のR Sound Design「帝国少女」も特筆に値するだろう。ジャンル的には近年のチルなシティポップが近いだろうし、後半で半音ずつ順次下降するコード進行は(コード自体は違うものの)Kawaii Future Bassに頻出するものだ。
使用VOCALOIDも共通する点だ。バルーン、ぬゆり、有機酸は共に「flower(v flower)」というVOCALOIDを用いている。このflowerの声はエレクトロスウィングやリリースカットピアノ同様、この時期の流行のムードを決定づける音色だが、ナユタン星人は初音ミクを用いるのみ(コンピレーションアルバムのために例外的に夢眠ネムを用いた楽曲は存在)。こうして見てみると、ナユタン星人は他3人とはスタンスが違うように思える。実際、バルーンは須田景凪、ぬゆりはLanndo、有機酸は神山羊と名義を変えシンガーソングライターとしての活動を開始したが、ナユタン星人のボカロP以外の活動はナナヲアカリ、すとぷり、ピンク・レディーなどのアーティストへの楽曲提供に留まる(この記事の執筆途中に本人ボーカル曲「halo」が投稿されたが、メタな話をしてしまえばかなりピッチシフトなどの加工が施されており、先の3人と同列には語りづらい)。
リリースカットピアノにも触れておこう。これは決してこの時期に突然現れた要素ではない。これまで当連載に名前が登場したTreow、sasakure.UK、ハチ、kemu、150P、スズム、椎名もた、あるいは、まふまふ、lumo、TaskなどのボカロPも用いており、ボカロ曲の歴史の中に遍在することがわかる。その中でもスズム「世界寿命と最後の一日」(2013年)、lumo「逃避ケア」(2012年)、150P「孤独ノ隠レンボ」(2012年)、まふまふ「戯曲とデフォルメ都市」(2014年)などに見られる音価を短くし、少し隙間を空けて刻むように鳴らす用法は2016年以降によく見られる用法と近い。後ろの2曲はギターのエディットも特徴的で、この2つの要素は共通の感覚に基づいて導入された要素のようにも思える。ボカロシーンにおけるエレクトロニックミュージックの流行はそれ以前のロックの流行と分断されたもののようにも思えるが、エディット/性急性/技巧性への興味など、通底している部分もあるのではないだろうか。
また、2011年1月20日投稿の椎名もた「ストロボラスト」はJust the Two of Us進行とリリースカットピアノの両方を用いた最初の大ヒットボカロ曲だろう。エレクトロニックミュージックのヒット曲という意味でも、2016年以降のボカロ曲への影響力、あるいはそれらがヒットすることが可能な土壌の形成への寄与などは無視できないものであるように思える。
このように、ボカロシーンに(比較的)低BPMのダンスロックやエレクトロニックミュージックの台頭といった出来事が起こったのが2016年なのである。特に後者はボカロシーンの音楽的な流行を体系的に見ていく上で決して欠かせない出来事だと筆者は考える。次回はそんな出来事が後続のボカロPにどのような影響を与えるのか、そして「ボカロシーン」に関する大きな変化について見ていこうと思う。
(ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(6)syudouと煮ル果実の功績、YouTube発ヒット曲の定着 に続く)
■Flat
2001年生まれ。音楽を聴く。たまに作る。2020年よりnoteにてボカロを中心とした記事の執筆を行う。note/Twitter
ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察
・(1)初音ミク主体の黎明期からクリエイター主体のVOCAROCKへ
・(2)シーンを席巻したwowakaとハチ
・(3)kemuとトーマ、じんが後続に与えた影響
・(4)n-bunaとOrangestarの登場がもたらした新たな感覚
・(5)ナユタン星人ら新たな音楽性の台頭
・(6)YouTube発ヒット曲の登場