中国ストリートダンスブームを牽引するバトル番組 “ゴッドファーザー”的存在のディレクター&注目ダンサーに現状を聞く

中国ストリートダンスブームを牽引するバトル番組 “ゴッドファーザー”的存在のディレクター&注目ダンサーに現状を聞く

 今年、中国でストリートダンスのリアリティー番組『师父!我要跳舞了(Let’s dance)』がオンラインで放送された。12歳以下のダンス歴のある子供たちが共同生活を送りながら、ダンサーのお兄さんたちからレッスンを受けたりバトルしたりするという番組だ。2018年に放送され、ストリートダンスブームを生んだバトル番組『这!就是街舞(Street Dance of China)』を見た時は、「中国にはこんなにもストリートダンサーがいたのか!」という驚きがあったが、今回は「子供がもうこのレベルのストリートダンスを踊れるんだ!」と驚愕した。

 2017年、オンライン番組がきっかけとなり、中国は「ヒップホップ元年」と言われヒップホップブームに沸いた(参考:HEAPS)。その後、番組はシーズン2、3と続き、今年は新たなヒップホップ番組も放送されるなど、依然としてブームは続いている。しかし、今回はどうもそれを超える規模になっているようだ。そう、子供世代にもこのストリートダンスは普及していたのだ!

 2018年、前述のバトル番組が引き金となり「ストリートダンス元年」と言われ、中国各地にダンススクールが増え、習い始める人が増えたことは前編で紹介した。中国のダンス番組でいえば、実はテレビが早々に放送していた。2006年、上海ドラゴンテレビが芸能人のダンスバトル番組『舞林大会(Let’s Shake It)』の放送をスタート。芸能界で活躍する歌手や俳優たちが、ダンスの振り付けを覚えてバトルに挑み、中国国内外のダンス関係者のジャッジにより、最終的にトップ3が選ばれるという番組だ。

 また、視聴者もショートメールにより応援したい出演者に票を投じることができたというから、今の視聴者参加型オンライン番組の手法を早くから取り入れていたことになる。社交ダンス、民族ダンス、コンテンポラリーダンスなどダンスのジャンルは問わず披露できた。その後、2012年のシーズン5まで続いた人気番組となり、2018年には『新舞林大会』と「新」の文字を加えて「ストリートダンス元年」のブームに合わせた形で放送された。

【FULL】《新舞林大会》第11期|新舞林大会总决赛 各位舞者使出浑身解数争夺冠军!|20180930【东方卫视官方高清】

 調べてみると2006年以降、中国ではダンス番組がテレビで放送され続けてきたようだ。ジャンルはどの番組も一種類に限定したものではなく、様々なダンスが披露されていた。しかし、それらの番組に共通する点が一つあった。どの番組のアーティスティックディレクターも元ダンサーの方俊(ファン・ジュン)が務めているということだ。実は、このファン・ジュン、『这!就是街舞(Street Dance of China)』でもアーティスティックディレクターを務め、ストリートダンス元年のヒットに導いた張本人だったのだ。ファン・ジュンはまさに、中国におけるダンス界の「ゴッドファーザー」的な存在だった。

 後編では、この中国ダンス界の「ゴッドファーザー」ファン・ジュンへのインタビューと本日7月18日夜9時(日本時間)から中国の動画配信サイト「优酷(YOUKU)」で放送がスタートするストリートダンスバトル番組『这!就是街舞(Street Dance of China)』シーズン3に出演する要注目のダンサーへのインタビューをお届けする。

『这!就是街舞(Street Dance of China)』より(写真提供:YOUKU)

 ファン・ジュンが初めて手がけたダンス番組は、前述の2006年に放送がスタートした中国で初めてのダンスリアリティー番組『舞林大会(Let’s Shake It)』だ。「当時、ダンスは市民とは接点が少なく、距離がありすぎました。番組を通して、ダンスが市民に受け入れられたらいいなという思いから制作しました」。そして、見事、シーズン5まで続く大ヒット番組になった。

『这!就是街舞(Street Dance of China)』シーズン3収録時 アーティスティックディレクター、ファン・ジュン(中央)(写真提供:方俊)

 「ダンス番組にはファン・ジュン」のごとく、その後、中国で放送されるダンス番組にはなくてはならない存在になった。「番組では常にトップレベルのダンスを見せてきたと思っています。私自身、トップクラスの指導者からダンス指導を受け続けてきましたので、番組でもその精神は受け継がれています」。実際、番組の審査員に国外の著名ダンサーを入れるなど、世界のプロからの目線も意識した番組になっている。

 1968年上海生まれのファンは、1988年から2006年までプロの社交ダンスのダンサーとして活躍した経歴を持つ。「当時、プロのトレーナーはいなかったので、日本のダンス映像を手本に独学でダンスを学びました」。当時はインターネットがない時代。テレビで見る外国、特に日本には一種の憧れがあった。ダンスもその一つ。テレビで見た日本の社交ダンスの映像に惹かれ、ダンスの道を目指した。いずれは日本でのダンス留学も夢見ていたが、叶うことなく国内でレッスンを続け、ダンスを始めて半年後に中国の大会でトップ3を獲得した。

アーティスティックディレクター、ファン・ジュン(写真提供:方俊)

 「きっと、ダンスの素質があったんだと思います。また、ダンスへの愛情と毎日のレッスンは誰にも負けなかったです。努力、努力の日々でした」。プロのダンサーとして中国各地で開催されるイベントに呼ばれたり、ダンス指導をしたり、中国のダンサー第一世代として活躍した。1997年からは、イギリスでダンス留学をしながら、海外の大会にも参加するようになった。1000人中のトップ50に入ったこともある。その頃から、海外のトップクラスのダンサーとの交流も増えていった。当時もまだインターネットはない時代。海外に行って初めて、中国と海外とのタイムラグを感じた。BBCが放送していたダンス番組を目にし、いずれは中国版が作れないかとチャンスを伺っていたという。そして、2006年、中国版といえる『舞林大会(Let’s Shake It)』を世に送り出し、審査員も務めた。

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