中国語バーチャルシンガー 洛天依が踏み出した“頼もしい一歩” 日本での初ステージを観た
バーチャル音楽フェス『DIVE XR FESTIVAL supported by SoftBank』が、9月22日と23日に千葉・幕張メッセ展示ホール1〜3にて開催された。
『DIVE XR FESTIVAL』は、ライブの新たな楽しみ方として「XR LIVE」を打ち出した、日本初のバーチャルキャラクターたちによる音楽フェス。「XR LIVE」は、キャラクターたちと楽しむライブを通して、彼らと同じ現実の空間に“共存”する感覚を志向したものだ。そのため今回のステージセットでは、従来の映像技術のほか、空間演出の方法にも多くのこだわりが目撃された。
同ライブの初日公演には、初音ミクやキズナアイ(Kizuna AI)、あんさんぶるスターズ!(Trickstar/UNDEAD/Knights)をはじめ、アニメ/ゲーム作品のキャラクター、インターネット空間で活躍するバーチャルシンガー、バーチャルユーチューバー(VTuber)やAIなど全20組が出演。なかでも本稿では、世界初の中国語バーチャルシンガーである洛天依のショーケースについて綴ってみたい。
2012年7月、中国語版『VOCALOID 3』収録の音楽ライブラリとして誕生した洛天依(ルォ・テンイ)。日本国内ではこの日が初パフォーマンスとなったが、中国では、多くの歌手との共演や大型テレビ番組『経典詠流伝』(中国国営テレビ)などへの出演経験より、著名なバーチャルシンガーとして知られている。そんな彼女にとって、日本での活動展望を占う試金石となった初ステージは、とてもピースフルな一夜になったといえる。
同日に披露したのは全4曲。前半2曲を中国語、後半2曲を日本語と、バランスの良いセットリストに。冒頭のMCでは、AIアシスタント「Siri」を思わせる翻訳アプリをスクリーンに投影し、「私は食べることと歌うことが大好きです」などと、自身の中国語を日本語の台詞に変換していた。アジア圏を中心とする海外アーティストの日本進出時には、日本語で簡単な挨拶をするのが通例となりつつある。その一方、ボーカロイドとして言語切り替えを容易にできるはずの洛天依が、自身の第一印象を定める大切な場面で、その出自である中国語を選んでいたのはとても印象強い。
1曲目は、彼女のイメージカラーであるライトブルーをカラーコードで表現した「66CCFF」。ギターの爽やかなカッティングがフロアユースな印象を与え、ライブの開幕にも相応しい。そこからの「千年レシピ」では、バーチャルシンガーならではの強みを早くも発揮。同曲の映像では、通常のダンスパートのほか、テーブルに座って肉まんなどの中華料理を次々に食べ進めていく。現実世界のライブでは、ステージ衣装や舞台装置を瞬時に切り替えるのは到底難しいことだ。そんな妙技をこなせるのも、洛天依がバーチャルシンガーだからであり、何より彼女のような存在が笑顔で食事を楽しむ様子には、どうしても心を鷲掴みにされてしまう。
3曲目には、『カゲロウプロジェクト』で知られるじんが手掛けた新曲「T.A.O.」を日本語で歌唱。ここで特筆すべきは、歌唱言語が中国語から切り替わりながらも、観客のリアクションが終始、洛天依を温かく見守り、時には大きく盛り上がる“受け入れムード”に一貫していたことだ。彼女の歌う歌詞は、聞き手に対してその意味を少しずつ実感させながら、異国の“言語”ではなく、楽曲を構成する“メロディ”のように届いてくる。だからこそ、観客も歌唱言語に左右されず、フラットな心持ちでステージを楽しめたのではないだろうか。
最後には、ボカロ楽曲らしい和テイスト×デジタルロックなGARNiDELiA「極楽浄土」を堂々とカバー。日本のリスナーにとっても比較的馴染みのあるだろう楽曲なだけに、フロアもこの日一番のボルテージを示した。そして、全曲披露後にはこの日のハイライトが。洛天依がステージを去る際、彼女の「謝謝」という挨拶に対して、観客からも同じく「謝謝」と中国語でのレスポンスが飛び交ったのだ。この何気ない一瞬のやり取りに、日本でまた洛天依のパフォーマンスが見られる日を確かに思い描くことができた。
余談だが、2017年6月に上海で開催された『洛天依2017全息演唱会』において、声優アーティストの内田彩と共演経験のある洛天依。同イベントでは、内田の「Floating Heart」と「Sweet Dreamer」を一緒に歌唱している。また、2014年には、BUMP OF CHICKENが初音ミクとのコラボ曲「ray」を制作するなど、様々なジャンルのアーティストがバーチャルシンガーとのタッグを組んだ事例も忘れてはならない。それらを踏まえるに、洛天依の日本における今後の動きにも大きな期待が寄せられそうだ。今年7月、上海で開催された『洛天依 2019 生日会』と『BILIBILI MACRO LINK – VISUAL RELEASE 2019』では、作曲・上田剛士(AA=)、作詞・大森靖子による日本語詞楽曲第1弾「ピンクブルー」も披露されている。
約15分のショーケースながらも、日本での活動に頼もしい一歩を踏み出した洛天依。次に彼女の姿を見られる日が、今からとても待ち遠しい。
(文=一条皓太)