サカナクションは、80年代カルチャーをどう消化した? 「モス」に潜む“コミカルさ”と“シリアスさ”
ヨットロックのブームと通底する「忘れられないの」
この「モス」は、同じく6月19日にリリースされたニューアルバム『834.194』に収録され、リカットされたシングルではカップリングとなった「忘れられないの」とともに「1980年代の音楽・カルチャーに大きく影響を受けて」いるとされている。この「忘れられないの」もまた、MVともども、話題を呼んだ曲だ。
山口はこの曲でAORやシティポップを標榜したことを明かしており、まさにそんなサウンドに仕上がっている。MVが公開されると、80年代にオメガトライブ~ソロでヒットを連発した杉山清貴が盛んに引き合いに出された。海外との連関をたどるなら、今のヨットロックのブームと通底するアプローチと捉えることができそうだ。
なお、「忘れられないの」のMVの最後のあたりで登場する嶋田久作の巨大なスーツは、先ほどのTalking Headsが残した名作映画『ストップ・メイキング・センス』(1984年作/監督:ジョナサン・デミ)でのデヴィッド・バーンを意識したものだろう。
サカナクションのおける「80年代」とは
さて、サカナクションにおいて「80年代」というキーワードは数年前から挙がっていた。現在のこのバンドを確立させた「新宝島」は2015年、そして「多分、風。」は翌2016年の発表。どちらも80年代カルチャーの影響を強く感じさせる曲だ。6年ぶりとなったアルバム『834.194』は、こうした流れも包括した作品になっている。
とはいえ、ここまで関係した作品の発表年を併記してきたことで気づく方も多いと思うが、着想の源になっているのはすべてが80年代の楽曲というわけではない。年代もジャンルも、さまざまだ。ただ、それらは、1980年生まれの山口がここまで生きてきたなかで接した音楽の原風景や体験に、確実にあるものなのだろう。言うなれば山口をはじめ、サカナクションのメンバーたちが通過し、体験してきた音楽が消化/昇華され、その結果、このバンド流の表現文体が生み出されていると考えられる。