サカナクション『834.194』レビュー:新曲群に如実に反映されたバンドの変化と魅力
サカナクションが6年ぶりに発表した新作『834.194』は2枚組、1時間28分に及ぶ大作。「新宝島」「多分、風。」をはじめとした既発のシングルからの楽曲もあわせた18曲が収録されている。バンド結成の地である札幌と現在活動の拠点とする東京というふたつの時代/都市を対比させたコンセプトが貫かれた一作だ。
先行配信されMVも公開された「ナイロンの糸」を筆頭に、新曲はいずれもこれまでのサカナクションからの変化を如実に反映している。まずはその点を確認しておこう。
「ナイロンの糸」はゆったりとしたテンポに加え、メロディの抑揚も慎重にコントロールされたクールなバラードだ。特徴的な「遅さ」を持つ一曲をリードシングルに宛てたのは英断だったのではないだろうか。サイドチェインやエレクトロニックなドラムスといった、いかにもダンスミュージック的なギミックを控えているのも意外だった。オーソドックスに一音一音がレイヤーされていき、静かな高揚をもたらすアレンジは、これまでのサカナクションとぱっと聴き地続きなようでやや異質な、次の展開を思わせるものだった。
あるいは意表をつくほどにねっとりとしたファンキーな演奏が聴ける「忘れられないの」や「マッチとピーナッツ」は、いま巷を賑わせるシティポップリバイバルを横目に、昭和の歌謡曲のなかにひそかに根付いていたファンク志向を現代的に蘇らせたようでユニークだ。AORやシティポップを参照しつつ、洗練された「洋楽」的ポップスへと向かうのでなく、いなたさをためらいなくポップに提示する手際は彼ららしい。
楽曲自体の魅力を増幅させる演奏に着目してみても、サカナクションがバンドとしての魅力を高めていることはわかる。特に「忘れられないの」で披露される草刈愛美のベースソロをはじめとした、各メンバーの演奏の切れ味。また、昨年の『魚図鑑』での初出から別バージョンが収録された「陽炎」で聴ける、山口一郎の力強いシャウト。いたるところ、フィジカルな説得力が増している。