大友良英は『いだてん』後編の“日本の近代化”をどう表現した? 劇伴により変化した音楽観も語る

大友良英、劇伴により変化した音楽観

 大友良英が、3月6日にリリースした『大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 前編』『GEKIBAN 1 -大友良英サウンドトラックアーカイブス-』に続く、『大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 後編』『GEKIBAN 2~大友良英サウンドトラックアーカイブス~』を7月24日にリリースした。大河ドラマ『いだてん』は第二部に入り、さらに時代の変化や登場人物に寄り添った音楽が多数制作されている印象だ。前作リリース時からの続編となる今回のインタビューでは、『いだてん』後編を彩る楽曲群の制作背景はもちろん、『GEKIBAN 2』収録曲をきっかけにした音楽家・大友良英の変化についても聞いた。(編集部)

音楽的に時代の変化というフィクションを作って変えていった 

ーーサントラの第二弾は最初から構想が?

大友良英(以下、大友):第二弾は最初から。(ドラマが)前編・後編ってなってますから。前編と後編でまったく音楽は変えるつもりでやってたので。

ーーまず主人公が途中で代わるっていうのが異例だし、新主人公は前主人公とまったく性格が違うし、しかも前の主人公を否定するところから登場する。

大友:俺も本読んでびっくりですよ(笑)。「えっ? 全否定?」みたいな。だいたいのあらすじから想定はしてたけど、でもまさかの全否定だし、しかも前の主人公も出続けるしね。登場人物も、増えるけど基本同じ人もいるし。だから音楽は変化を強調する方向でガラッと変えました。

ーータームがすごく長いから登場人物も多いし、途中で消える人もいっぱいいる。

大友:そうなんですよね。しかも、さらにここから時代がどんどん、暗い方向に向かっていくから、戦争に突入してね。

ーークライマックスは1964年の東京オリンピックってことになるんですか。

大友:ごめん、言っちゃダメなんです(笑)。それで間違いじゃない……けど。

ーーけど?

大友:まぁ楽しみにしててくださいよ(笑)。あとは内緒。こればっかりは。筋に関わることだけは。

ーーわかりました(笑)。第一部と第二部で全然主人公が違う、キャラも違う、ドラマの雰囲気もガラッと変わってしまうわけですが。そこでどういうことを考えました?

大友:もちろんオープニングテーマとか変わんない音楽はあるし、同じドラマって一貫性も必要ですから。そのうえで、まったく雰囲気を変えなきゃって。舞台が朝日新聞社になって、それまでだいたい木造の建物か西洋の建物を真似した建築かどっちかだったのが、近代建築になる。出てる人もほぼ洋装になるんですよ。なので、もう最初から決めてたんだけど、前半はとにかく太鼓と単旋律で和音をつけない、あるけども和音を中心にしない。で、後半からガーンと和声が増えてくる。前半は、太鼓をみんなで叩くみたいな、やや野蛮な、土着な感じだったのが、後半に入ってシンバルワークがキレイに入ってきたりとか。

ーーそれはドラマのテーマのひとつである、日本の近代化に対応して。

大友:うん。それをもう、めちゃくちゃわかりやすく音楽でデフォルメした感じです。実際の明治と昭和の音楽がそんなふうに変わっていったわけじゃまったくないですけど、音楽的に時代の変化というフィクションを作って変えていった。だからここからどんどん和声的になっていくと思うし、クラシックのマーチみたいなものも、ヨハン・シュトラウスみたいにものすごく和声的になっていく。それまではもっと素朴な、スネアドラムと太鼓で軍楽隊みたいだったのがね。

ーードラマの流れや動きも、前半はすごくゆったりしてたけど、後半はすごくせわしないじゃないですか。主人公のキャラにも関係してくるけど。

大友:もちろん。せわしないのを押す音楽ももちろん作ったけど、同時にずっとせわしないのもナンだから。せわしないんだけどグッと引いてゆったり聴く音楽とかも必要で。そういうバランスで作っていったかな、後半は。

ーーこの取材の時点では第二部はまだ2回しか放映されてないんですが、第2回の人見絹枝さんの回はヤバかった。

大友:ヤラれたでしょう? もう俺、編集の段階でボロ泣きだもん。音楽付く前の段階で。

ーー人見役の菅原小春さん、本職はダンサーなんですが、すごく目力のある人で雰囲気もある。出てきた瞬間「只者じゃないな」って。

大友:「誰だろう?」って思いますよね。身体の動きも独特だし。やー、よくぞ見つけてきたって思います。

ーー画面で見て、実際の女優や俳優を想定して音楽を付けることはあるんですか。

大友:ありますよ。この中でいえば、はっきり菅原小春さんに合わせて作ったのが「闘う女子」っていう曲。もちろん前畑(秀子)とか、女子選手全部含めてなんだけども、でも主に人見絹枝演ずる菅原小春さんのイメージで作りました。あの強い感じ。撮影現場も見たし、映像が上がってきた段階で「これは凄いわ」って。「あ、こういう音楽作りたい」って強烈に思いました。小春さんのインタビューを見て思ったんだけど。あの人も海外でひとりでやってきた人でしょう。すっごい気持ちわかるんです。俺も海外でひとりでずっとやってきましたから。だから俺、金栗さんの気持ちもよくわかるんです。(初出場のストックホルムオリンピックの開会式で)「JAPAN」ってプラカードじゃなくて「NIPPON」って揚げたいって気持ち。オレは国粋主義者でもなんでもないけども、「Yoshihide Otomo」って言われただけで最初イラッときてしまって「いや俺大友良英だから」って。別に差別されてるわけじゃなくても、自分たちの文化が尊重されてない中で、ひとりで戦うって並のことじゃないですから。もちろん差別も強かった金栗さんの時代は俺の時代の比じゃないだろうけど、たぶん小春さんも同じような経験を海外でずっとしてきてるんだなって思うと、なおさら共感してしまうところ、あるんです。

ーーなるほど。

大友:俺の場合は差別ってよりステレオタイプで見られるのがすごい嫌だった。「日本のどんな伝統音楽に影響を受けましたか?」とか「禅の影響はあるか」ってすっごい聞かれて。禅なんかやったことないし。「日本人が全員禅やってると思ってるんですか?」って。「そのステレオタイプの見方はやめてください」ってほんとに思って、最初の頃は食ってかかってたもん。

ーーブラジルの音楽家が「ボサノヴァに影響されましたか」って全員聞かれるようなもの。

大友:そうそう。ブラジル人みんなイラッとするでしょう。おんなじおんなじ。僕らだって、たとえば黒人はリズム感がいいみたいなステレオタイプの見方してしまいがちでしょ。自分がやられて嫌だと思ったことは他の人にもしたくないもん。ただね、金栗さんの時代はどうしてもそういう見方もされるだろうし露骨な差別もある中で日本を背負うみたいな状態にさせられるわけだから、それは今では想像できないくらい辛かったと思うな。

ーー金栗さんも人見さんも、そういうプレッシャーと戦ってきた。

大友:そうだと思いますよ。海外の目もあるし、国内の目もある。金栗さんの場合は「なんでメダル取らなかったんだ」。でも人見さんの場合はその上に「女のくせに」が入ってくる。宮藤(官九郎)さんも、ディレクターの井上(剛)さんもその部分をものすごく繊細に丁寧に描いていると思います。僕が子供の頃にやってたオリンピックって、サッカーの女子も、マラソンの女子もなかった。変だなって思ったけど、そういうもんだとも思ってた。でもそのうちはっきり「これ、男女差別なんだ」って気づいてくるじゃない? 今さすがに(オリンピックでは)是正されてきたけど、でも日本の社会を考えると、今も明治大正のころと変わらない女性差別や人種差別がゴロゴロ残ってるでしょ。

ーードラマでは人見絹枝さんにスポットを当ててましたが、同じアムステルダム大会で男子の2選手が日本人初の金メダルをとっている。そっちにフォーカスを当ててもおかしくないんだけど、あえて人見さんにしたのは制作者の意思ですよね。

大友:そうだと思います。ドラマはほとんど実在の人物で構成しているのに、数少ない架空の人物である(増野)シマさんが必要だったかと言うと当時の女子スポーツと、女性の立場を描きたかったんじゃないかと思うんです。選挙権すらなく、好きにスポーツもできない……まぁ金栗さんの時代は一般の人の選挙権もなかったけど。後半の初回に第1回普通選挙の草案の話が出てくるんだけど、あれにまだ女性は入ってない。そんなことも背景に感じながらきっとみんな作ってるんだと思います。そういうことが共有できてるチームだと僕は思ってるので。

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