大友良英は『いだてん』後編の“日本の近代化”をどう表現した? 劇伴により変化した音楽観も語る

大友良英、劇伴により変化した音楽観

時代の香りみたいなものを持ってる方達に音をだしてほしかった 

ーー音楽の話に戻りましょう。今回すごくジャズ色が強くなってますね。

大友:そうですね。

ーー当時最先端の流行の音楽がジャズだったっていうこともある。

大友:あるけども、そのまんまの当時のジャズだと、デキシーランド・ジャズになっちゃって、今の人が聴いたらただ古いものに聴こえちゃう。なのでそこは嘘をついて、ビバップ以降のジャズというか、フリージャズやコレクティヴジャズ的なもの含め今じゃないとできないジャズをしっかり入れてます。オーケストラ的なものもすごく和声的にしたし。

ーー特に「田畑のテーマ」とか。これはもう大友さんの独壇場ですね。

大友:はい、佐藤允彦さんのピアノ、かっこいいでしょ。佐藤さんとかパーカッションの山﨑比呂志さんの演奏するフリージャズは、田畑のしっちゃかめっちゃかなエピソードに付けたいなと思って。

ーー佐藤允彦さん凄いですね、だってもう77歳でしょ。それでこれだけ切れ味鋭い。

大友:ねぇ。山崎さんも同じような年だから。本当に凄いですよ。渡辺貞夫さんに至っては86歳。信じらんないくらい素晴らしい演奏してくれてます。こんなに長く音楽やれるんだって、本当に最高に希望が持てる話です。

ーー佐藤さんとかナベサダさんとか、ご自分よりだいぶ年上の世代の人をあえて使おうと思った理由というのは。

大友:それはもう大好きだからです。それに前の東京オリンピックの時代にはもう現役でやっていて、あの時代の空気感が今の音楽をやっていてもそのまま滲み出てくるんです。実際に当時の音楽と今の音楽って何かがすごい違う気がしてるんです。ジャズでもロックでも、もう、ドラムひとつ取ってもまったく違う。リズムマシン以降と以前じゃ、まったく音楽が違う。リズムマシン以前……ジョン・ボーナムでもエルヴィン・ジョーンズでもジンジャー・ベイカーでもいいけど、彼等と今のドラマーは、まったく違うでしょ。譜面にしたら一緒でも、もう全然ノリが違う。良い悪いじゃなくてね。

ーージョン・ボーナムのドラムをちゃんとグリッドに合わせて修正した人がいるらしいけど、味も素っ気もなくなるらしいですよ。

大友:ジョン・ボーナムじゃなくなるでしょう。あの時代のロックってすっごい揺らいでるもん。そこがかっこいいんだけど、ある時期からリズムがどんどん揺らがなくなってきて。おそらくそれはテレビゲームネイティブだったりテクノネイティブ世代だと思うんだけど。だから感覚が変わってきてるというか、音楽に対する身体性がすごく変わってきていて、どっちもものすごく面白いんだけど、でも、少なくとも『いだてん』に関しては、そこまでテクノ的にならない人たちのほうがいいと思ったし、ある時代の香りみたいなものを持ってる方達に音をだしてほしかったんで、本物中の本物の大先輩たちに来てもらいました。

ーー「田畑のテーマ」にしても、すごく鋭利な、シャープでかっこいい演奏だけど、でもどこか懐かしくて温かい、その時代の空気みたいなのがある。

大友:そう聴こえたら嬉しいなあ。その時代の空気を出すには、本物の人に演奏してもらうのが一番だと思うし、その時代の空気をちゃんと温存したまま今も現役でいる人たち、っていうのが大きいな。

ーーあと驚いたのが、「夢見る人」。大友さんが作曲した曲をナベサダさんのバンドで演奏してる。

大友:もう超幸せですよ。だって普通に高校生の頃からファンだったから。その人が自分の作ったメロディを弾いてくれるなんて。ただ譜面だいぶ直されたましやよ(笑)。「このコードはこう変えていい?」「この通り吹かないけどいい?」「いいですいいです、もちろん。もう好きにやってください」。

ーー一応譜面は渡して、あとはご自由に、と。

大友:うん。そうそう。これ、貞夫さんを意識して書いたメロディ……のつもりだったんだけど直された(笑)。直されたし、ちょっと変にというかひっかりをつけたくて変則的な小節数にしたら「これやりにくいよ」って普通の小節に戻されちゃった(笑)。あれーと思ったけど「はい、いいです」って。

ーーナベサダさんくらいの大御所がこういうふうに人の曲をやるって珍しくないですか。

大友:そうかもしれません。でもドラマの空気感で繋げたかったんで、誠意を尽くして頼みに行きましたよ。

ーー実際に会いに行ったんですか。

大友:もちろんです。その前に別件で、いろいろ若い頃の話を聞いたりしたことがあって、そのときの60年代、50年代の話があまりにも面白くて。それが『いだてん』の話とかぶるなぁと思って。あの時代の、なんていうのかな、今と違うメチャクチャっぷり。良く言えばいい時代、今だったらありえないような感じが似てるよな気がして。

ーーナベサダさんの演奏は途中でちょっとラテンっぽくなる展開があって、そこがナベサダさんっぽい。

大友:はい。あれはナベサダさんが考えてくれた。「こうやったほうがいろいろ使い道があるよ」って言ってくれて。貞夫さんもずいぶん劇伴やってきた人だから気を使ってくれたんだと思います。

ーーこのドラマはもう一人、美濃部孝蔵(のちの古今亭志ん生)という重要人物が出てきます。「孝蔵のブルース」という曲が前回も今回も入ってますね。

大友:前半はスターリンの山本久土くんと俺のアコギと、近藤達郎さんのブルースハープで、アコースティックなブルース。後半はONJQ(大友良英ニュージャスクインテット)でモダンジャズのブルースになっていく。後半になると孝蔵も二つ目から真打ちに昇進していくので、音楽の質もギターやハーモニカから、トランペットが入ったりするようになってくる。ひとつ意識したのは、トランペットってすごくスポーツに使われる楽器でしょ。ファンファーレとかマーチとか。権威の象徴みたいなかんじで。一方でジャズとかブルース的なトランペットってそれとは対極のものじゃないですか。だから、今回けっこうトランペットがキーだなとも思っていて。毎週毎週必ずテーマでN響のトランペット4本のファンファーレでが出るわけだけど、同時に、孝蔵のシーンには類家心平のクラシックの人だったらありえないようなものすごくブルージーなトランペットも流れるっていう対比は考えたかな。孝蔵は常に、立派じゃない側というか。

ーーとことんダメな奴ですよね。

大友:オリンピックって立派に見えるじゃないですか。「日本の誇る」とかさ。それに対して(孝蔵は)ずっとダメなまんまだから。でも、そっちだもん、僕ら、本当は。

ーー孝蔵はロクデナシだし、田畑だって人見さんを「バケモノ」よばわりしたり、けっこうひどいこと言ってる。

大友:ひどい! 田畑もひどいし、金栗さんだって実家に四年も帰ってないとか、子供だけ作っておいて。綾瀬はるかが奥さんなのに家に帰らないって、もうありえないでしょ(笑)。中心になる男たち、もうみんな最低なやつばっかり(笑)。

ーーそれが大河ドラマとしては画期的っていうことですね。立派な人物だけじゃないっていうか。むしろそうじゃない人たちが主役。

大友:金栗さんだってオリンピックじゃ負けてばかりだし、田畑も(調べればわかるけど)最後に挫折する。宮藤さんらしいですよ、浮かばれない人たちを丁寧に描いてる。

ーーLOSER、負け犬たちが歴史を作ってきた。それはひとつの歴史観ですよね。

大友:そうだと思う。だいたい大河だけじゃなく歴史って、立派な人の名前を出して、それを繋げてくことになってるじゃない。偉人伝みたいな。だけど宮藤さんがやってるのは偉人伝じゃないんだよね。歴史って、こっちの角度から見たらこう見えるし、あっちから見たらこう見えるっていうのの集積だから。だから群像劇にしたかっただろうし、落語家もいればスポーツ選手もいるし、足袋屋も車夫も売春婦もいる。で、出てくる人それぞれに思い入れができるようになっていて、もっとしょうもない、美川(秀信)みたいなのもいて。でも彼が愛おしく思えるんですよねえ。

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