石崎ひゅーいが奏でる、“今”の音 『劇場版 誰ガ為のアルケミスト』書き下ろし曲から分析

石崎ひゅーい『誰ガ為』書き下ろし曲を分析

 実はひゅーいはタイアップに関して、ちゃんとそれに応えた歌を書いてきた。ちなみに過去に担当したのは「夜間飛行」(ドラマ『みんな!エスパーだよ!』エンディングテーマ)、「ピーナッツバター」(『新解釈・日本史』エンディングテーマ)、最近の「アンコール」(『平成ばしる』主題歌)、「あなたはどこにいるの」(『さすらい温泉♨遠藤憲一』主題歌)など、ドラマ絡みが多い(中にはすでに書いていた楽曲が採用されたパターンもある)。もっとも、いずれの歌を聴いても浮かび上がるのは、ドラマのストーリーもさることながら、最終的には石崎ひゅーいの個人性だ。言うなれば、ひゅーい自身がその物語や登場人物に自分を重ね合わせ、対象の作品の世界に入り込んで書いた気配が強いのである。この記事の最初のほうで体当たりと書いたが、これはそんな彼だからこそ見出した主題歌への適応手段だったのだと思う。

 「Namida」でも、基本的にはそうした姿勢は続いている。〈誰かのためじゃないさ ただ君のためだけに/不甲斐のない毎日を噛みしめているんだ〉と唄う姿は、いつものように、ひたむきな気持ちを抱えたひゅーいだ。

 しかし今までとやや違う何かを感じるのは、涙についての歌でありながら、悲しみだけではなく、感謝や喜びといった感情にも向けられている点である。というのは、映画の予告映像では「二度とお前に涙は流させねえ」というセリフが聞かれる。つまりひゅーいはこの歌を書くにあたり、涙のニュアンスを拡大して描写したのではないか、と。あるいは、映画のストーリーをより発展させて書いたのではないか、と推測できるのだ。つまりこの歌に、映画という題材を超えた普遍性を持たせようとしたのではないだろうか。

 僕がこう考える根拠は、前作のミニアルバム『ゴールデンエイジ』の原稿でも触れたのだが、菅田将暉に「さよならエレジー」を書き下ろしたことにある。今までのタイアップでは対象作品に没入して書いていたのが、「さよならエレジー」で菅田という人間をどう楽曲化していくのかという命題に向かった際に、ひゅーいは、自分以外の人間の立場や目線、感覚から歌を書くことを意識した。そしてそのコラボレーションの大成功が貴重な経験をもたらしたのではないかと思うのである。

 言わば、曲を書くにあたり、いくばくかの客観性が宿ったわけだ。対象をちょっと引いた地点から見て、感じ、その別角度から歌を作ってみること。そしてその次に、再び自分だけの感覚や価値観を盛り込みながら曲の世界をふくらませていくこと。こうすることによって楽曲は広がりを持ち、タイアップだとしても確実に自分独自の歌になっていく。ここに来て彼はそうしたやり方を身につけたのではないだろうか。

 そして「Namida」のポイントは、冒頭に書いたようなサウンドの新しさだ。EDMを下敷きにした繊細かつ力強いビート感、清涼感のあるピアノの響き、鮮やかなストリングスノートの渦。その中から聴こえてくるのは、いつものように強いエモーションを秘めたひゅーいのボーカルである。

 アレンジャーのトオミヨウはひゅーいをデビュー前から支えてきたサウンドプロデューサーで、また、それこそ菅田将暉やあいみょん、それにYUKI、V6、平井堅といった多数のアーティストと仕事をしてきた才能である。もちろん現代的な音作りもできる人だけに、ひゅーいに対してはそうしたサウンドをあえて当ててこなかったと考えるべきだろう。

 そして、「Namida」のサウンドトリートメントについてはひゅーいではなくトオミの判断によるところが大きいと予想する。そこにはこの曲がアプリから生まれたアニメ映画という、基本的に若い層に向けられたものという背景もあるはずだ。

 だが……おそらくはトオミも、今ならちょっと舵を切ってもいいタイミングだと捉えたのだろう。新しい石崎ひゅーいのイメージへと。

 ひゅーいは、やはり変化の時期を迎えているのだ。それはここまでに書いたように曲作りへの意識が変わってきているし、また、ファン層や彼を取り巻く人たちも以前に比べると幅が広がりつつある。

 このことが今後、彼自身にどんな影響を与えていくのかは、まだわからない。ただ、そもそも個人性が強いシンガーソングライターという存在は、外からの働きかけによって内面が活性化され、作品の向かう先が拡大していくことも多い。たとえばエド・シーランがまるで他流試合のようなコラボさえも望むのは、そうしたチャレンジに意義があると考えているからだろう。ひゅーい自身は放っておくと家から出ようとしないタイプの内向性の持ち主なので、タイアップのような他方面からの刺激によって作風に前向きな変化が訪れるのだとしたら、それは彼自身がプラスの材料にしていかなければいけないことのはずだ。

 「Namida」には、そうした現在のひゅーいの横顔が、くっきりと浮かび上がっている。

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