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ヴィジュアル系が「ブーム」から「文化」へ “1999年”がシーンにもたらしたもの

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 1999年。ヴィジュアル系において多々扱われるモチーフのひとつである。D’ERLANGER「1999 -Shyboy story-」、LUNA SEA「1999」など、世紀末の退廃感や世界の終末をイメージさせる曲だったり、当時の世相を反映させた、SIAM SHADE「1999」だったり、あるいは、Plastic Tree「1999」や、えんそく「1999年のブルース」など、過ぎ去った1999年についての楽曲も存在する。思い返せば、90年代後半の流行語にもなった「ヴィジュアル系」自体、当時蔓延していた「世紀末」の空気がブームを後押ししていたように記憶してしている。

 では実際の1999年はどんな年だったのか?  ブームはピークを迎え、「アクロの丘」「残-ZAN-」「ゆらめき」の3枚のシングル同時発売でデビューしたDIR EN GREY(当時の表記はDir en grey)、「ヴィジュアル系バンドの最終兵器」という触れ込みでエイベックスからシングル「RED ZONE」でデビューしたJanne Da Arcなどなど、翌年に18歳の若さで武道館公演を成功させるRaphaelが「花咲く命ある限り」でデビューするなど……、数多のバンドが華々しくメジャーデビューを果たした。

 今でも語り草になっているGLAYの20万人を動員した『GLAY EXPO ’99 SURVIVAL』、LUNA SEAが結成10周年を記念し、人数無制限というコンセプトで行った『[NEVER SOLD OUT] CAPACITY∞』、L’Arc~en~Ciel の大規模野外ツアー『GRAND CROSS TOUR』など、大規模ライブが行われたのもこの年だ。

 このように、事実を並べているだけで、世間的に見て「ブーム」はピークであったことは間違いない。この翌年の2000年に、SHAZNAの活動休止やLUNA SEAの終幕などもあり、お茶の間レベルの「90年代のヴィジュアル系ブーム」は収束していった。あくまでブームの話であり、この後もシーンは続いていき、ゼロ年代半ばには海外で人気に火がついたり、「ネオヴィジュアル系」と呼ばれる世代のバンドらが現代に続くシーンを作っていくのだが。

      

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