宇多田ヒカル、cero、tofubeats……2018年のJ-POPにおける“ポリリズム”の浸透

 宇多田ヒカル、cero、tofubeatsをはじめとして、2018年の注目作を見渡してみると、日本のポップミュージックの中にある興味深い現象が見て取れる。ポリリズムの浸透だ。

[Official Music Video] Perfume「ポリリズム」

 2007年にリリースされたPerfumeによる同名のヒット曲を通じてこの言葉を記憶している人も多いだろう。ひとつの曲のなかに複数の拍子(たとえば3拍子と4拍子など)を重ねる技法を指す言葉で、Perfumeの曲にもポリリズムが登場するパートがある。とはいえ、それもアレンジの中心であるというよりは、ギミックに近かった。近年、とりわけ2018年に入ってからは、ポリリズムを中心においた楽曲が目立つようになっている。

 その背景には、このところジャズやラテン音楽の分野において、リズムをめぐる実験が先鋭化していたことがある。先日RealSoundに掲載されたインタビューで冨田ラボが指摘しているように、2000年代を通じてレフトフィールドな分野で練り上げられたポリリズムの技法が飽和し、ポップスへ染み出してきているのだ。実際、ものんくるやCRCK/LCKSといった、ポリリズムをポップスへと昇華する若手ユニットやバンドは、共通してジャズをバックグラウンドに持っている。

 それでは、具体的な例をあげながら、2018年のJ-POPにおけるポリリズム事情を辿ってみよう。

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宇多田ヒカル『初恋』

 今年一番の話題作、宇多田ヒカル『初恋』収録の「誓い」が最初の例だ。ある人にとってこの曲は、シャッフルした4拍子に聞こえるだろう。ピアノの右手(高音)のストロークひとつを1拍とカウントすれば、キックドラムが1・3拍目を、スネアドラムが2拍目を刻んでいるように感じられる。一方で、ピアノの左手(低音)のストロークを1拍とカウントすると、3拍子のワルツにも聞こえるだろう。この場合、キックは1拍目にあたり、スネアは2拍目の裏にあたる。これらのどちらが正しいというわけではなく、聴く焦点を変えると違うリズムが感じられるのだ。これがポリリズムの面白さだ。「誓い」のようなポリリズムを特にクロスリズムと呼ぶことがあるが、昨今のJ-POPでよく聴かれるのはこのクロスリズムが多い。ちなみに、今回取り上げる例はみんなクロスリズムだ。

cero / 魚の骨 鳥の羽根【OFFICIAL MUSIC VIDEO】

 ヒップホップやネオソウル、ジャズを自在に横断する音楽性で作品ごとに変化してきたceroは、『POLY LIFE MULTI SOUL』でリズムのボキャブラリーを一気に多様化させた。MVが先行公開された「魚の骨 鳥の羽根」や、12インチシングルもカットされた「Waters」では、3拍子と4拍子が交差するポリリズムを全面的に展開。どちらも、1小節の中で打たれる12の拍を3で割るか(タタタタ/タタタタ/タタタタ)、4で割るか(タタタ/タタタ/タタタ/タタタ)で異なるリズムが聴こえてくる。このアルバムに一貫する肉感的なグルーヴは、ダンスミュージックとしてのポリリズムの可能性を存分に提示している。

 tofubeats『RUN』に収録された「SOMETIMES」は、技術上の問題から打ち込みよりもバンド編成の生演奏で盛んだったポリリズムを、エレクトロニックミュージックで実践した1曲。7拍子と8拍子が交差するポリリズムがビートの中に仕込まれており、ヴァースとフックで拍子がシームレスに入れ替わるトリッキーな構成になっている。2010年代終盤に至って、方法の成熟と技術の進展によって、こうしたリズムの探求がビートメーカーのなかでも一般的になってきた。

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