tofubeatsらも注目 中村佳穂『AINOU』から紐解く“ジャパニーズポップス”の新潮流
ヒーローは、いや、ヒロインは遅れてやってくる。11月にリリースされる中村佳穂の2ndアルバム『AINOU』を聴いていると、2018年におけるジャパニーズポップスの新潮流が自然と結びつき、輪郭をはっきりさせるような爽快感がある。本稿では、まだ発売まで少し時間のあるアルバムの中身を掘り下げる前に、彼女と、その周辺人脈から浮かび上がるミュージックツリーを記すことによって、『AINOU』の魅力の一部を伝えてみたい。
まずは改めて、中村のプロフィールを簡単に紹介しよう。本格的に音楽活動をスタートさせたのは、京都精華大学に入学した20歳のとき。ソウルフルなボーカルと、ジャズをベースにした即興性の高いピアノ演奏を持ち味に、ソロ~デュオ~バンドと自由度の高い形態でライブを展開してきた。バンドは固定メンバーを決めず、ライブハウスから古民家カフェまで日本全国を旅するように活動を行ってきた。その旅先で出会い、意気投合した仲間を次々とメンバーに加え、セッション性の高い演奏を続けてきたのが特徴だ。
精華大学の教員でもあるくるりの岸田繁や高野寛らが賛辞を寄せ、自主制作のCD3作品がほぼ手売りのみで1000枚完売するなど、徐々に注目度が高まる中、2016年に1stアルバム『リピー塔がたつ』を発表、無名ながらも『FUJI ROCK FESTIVAL』に出演し、会場でアルバムを100枚即完させた。2017年にはtofubeatsの3rd album『FANTASY CLUB』にコーラスで参加したり、ペトロールズのカバーEP『WHERE, WHO, WHAT IS PETROLZ?? – EP』に参加するなどして、新作が待望視されていた。
『AINOU』には旅の中で出会った仲間で結成された「中村佳穂バンド」が全面参加していて、このメンバーが非常に面白い。アルバムのプロデューサー的なポジションでもあるのが、レミ街、fredricson、tigerMosといった様々な名義で活動する荒木正比呂(Key)で、同じくレミ街からは深谷雄一(Dr)も参加。また、近年はceroのサポートとしても知られる小田朋美がフロントマンを務めるCRCK/LCKSから小西遼(Sax/Clarinet )と越智俊介(Ba)、吉田ヨウヘイgroupから西田修大(Gt)、さらにはビートメーカー/シンガーのMASAHIRO KITAGAWAもコーラスアレンジで参加している。
この面子から見えてくるのは、ソウル/R&Bの復権と新世代のジャズを背景に、バンドミュージックとビートミュージックが融解した先のジャパニーズポップスが、2018年における大きな流れを形成しているということだ。ceroやCRCK/LCKSはもちろん、吉田ヨウヘイgroupにも参加しているクロがフロントマンを務めるTAMTAMや、昨年末にメジャーデビューを果たしたRAMMELLSなど、Hiatus KaiyoteやThe Internet以降のバンドたちと中村には明確なリンクがあると言っていいだろう。
一方、iriやNao Kawamuraといった女性ソロシンガーも注目を集めているが、個人的に、中村の音楽からは宇多田ヒカルに通じる突き抜けたポピュラリティを感じてもいる。男性のソロシンガーにも目を向けると、宇多田がプロデュースした小袋成彬のアーバン感とエモーション、同じく宇多田が賛辞を寄せた折坂悠太のプリミティブな土着性、この両方を兼ね備えていることが、シンガーとしての中村の魅力ではないかと思う。
また、プロデューサー的な役割を荒木が担っているのも面白い。レミ街というバンドは、ポストロック/エレクトロニカ世代の歌ものバンドだが、現代のジャズを軸としたジャンルのクロスオーバー/ビートミュージックとの邂逅というのは、僕はポストロック/エレクトロニカのリバイバル的な側面があると思っている。だからこそ、上の世代にあたる荒木と、中村をはじめとした下の世代のミュージシャンとが交わることで起こる化学反応というのは、非常に刺激的だ。かつて高野が中村のことを「クラムボン以来の衝撃」と語ったのも、クラムボンがポストロック世代らしいクロスオーバーを体現しながら、あくまでポップバンドであったことと関係しているように思う。