玉井健二、蔦谷好位置、田中隼人ら語る“音楽制作の未来” 『J-WAVE × agehasprings』イベント
後半では、「キリンジ『エイリアンズ』から考える『日本の素晴らしい楽曲』」というテーマへ。蔦谷は自身のメジャーデビュー時、テイ・トウワとキリンジがいたからワーナーを選んだ、というくらい彼らのことが好きだという。同世代ながらも彼らを尊敬し続ける理由について「このコードや和声は思いつかない」と、脱帽させられ続けていることを明かした。
そして、蔦谷による「エイリアンズ」徹底分析へ。「エイリアンと自分たちで言い切っちゃうことが素晴らしいし、メロディも一回聴いたら忘れられない。Bメロのコード〈泣かないでくれダーリン〉からクリシェで上がって、下がっていく。お互いの心の溝を感じるし、それを埋めたい主人公をめちゃくちゃキザに歌っているのがわかりますよね。あと、サビの〈月の裏で(F/Cm7)〉が無重力感を出していてすごいんです。70’sソウルでよく使われるコードで、おそらく冨田ラボさんの仕業なんですよ。そしてルートは変わらずオンコードしていくのも本当にすごい」と興奮気味にマシンガントークで解説を行った。
質疑応答を経て、まだまだ質問の耐えない会場を見た蔦谷は「あとはSNSで質問ください! 時間がかかっちゃうかもしれませんが必ず返します」と話し、トークセッションが終了した。
この日のラストを飾った玉井健二は「玉井健二が語るプロデュースと音楽の未来」としたトークセッションを展開。まずは4日間の感想を述べつつ、現在開発中だというAIの話題へ。玉井は開発中のAIについて「作曲をするAIを作っているんです。一口に音楽といってもいろんな要素があって、作曲から編曲、レコーディングがあってみなさんのもとにお届けする。そこでAIは主旋律とコード進行が決まった『原曲』の段階を生成するAIを作っています。好きな曲のタイトルを入力して、こういう曲が欲しいと入れたら、それに近いコードとメロディがガンガン出てくるものとか」と、音色やサウンドのエフェクトとしてAIを使うのではなく、骨組みを作るAIであることを明かした。
続けて玉井は開発の経緯について「作曲というものに対しての思いがあったんです。作曲でクレジットされている人たちは『原曲』を作っている方が大半で、そこに編曲する人間がいれば、コード進行も変わったリする。アレンジの技術を高めたいのに、曲をたくさん作れないからアレンジができない、という人も多くて。作曲は既得権益ではないし、誰でも死ぬ気で1000曲コピーしたら作曲はできるようになるけど、それは物理的な壁がある。それを超えるためのAIなんです」と、編曲家のトレーニングにも使えるものであることを明かした。
また、玉井は「人間が作っている作品だから素晴らしくて尊い部分もあるとは思うし、それを無くしたいわけではない。でも、AIが出てきて、僕らが負けたとしたら、それは結果だと思うんですよ。AIが作ったAIのための曲には勝てないけど、人に届ける曲は僕たちのほうが長けているはずだから、僕らとは違う存在として考えればいい」と、持論を述べた。
そして話はagehasprings以前の玉井、つまり会社を設立するまでの歴史へ。以前にインタビューした際にも話していた経歴の話をなぞりつつ、後半では蔦谷と田中も登場。玉井は蔦谷との出会いについて「もともと彼がやっていたバンドを、レコード会社時代に取りにいこうとしていたけどダメだった。人知れず目をつけていて、もともと光るものがあった」、田中との出会いについて「知り合いに紹介してもらって、乃木坂のソニースタジオで初対面したんですけど、そのとき『王子様か!』ってツッコんだのを覚えています」といたずらに笑いながら紹介した。
田中は玉井について「お会いするまでどういう人かわかってなかったんですけど、金髪でイケイケの人がいると思った。手がけている仕事は知っていたので、光栄だなと思いながら緊張感たっぷりで会いましたね」、蔦谷は「デビューして失敗して門前払いの時に初めて会ってくれた人。あまり人を信用していない時期に知り合って、そこから迷惑をかけたかもしれないけど、十何年間一緒にいてくれている、僕にとっては『オヤジ』ですね」と感慨深そうに語った。
続いて「音楽とテクノロジーはどのような変化や影響を与えていく?」という話題になると、玉井は「テクノロジーによっての変化は当たり前。ハイハット用のマイクからディスコが生まれたり、シンセやPro Tools、サイドチェインのようなものもある。クリエイターは常に『こういうのがあったらこんなのができるのに』と思っているので、それを実現する技術がでてくると、興奮しますよね」と述べ、蔦谷は先ほどと同様に「技術とともに音楽は進化しているから否定しちゃいけないし、どんどん使っていきたい」、田中は「機材が進化するに連れて新たなジャンルも増えて行く。視点を変えながら新たな音楽が作れるといい」と語った。
また、「いろんな人が音楽の作り手になれる時代に、アマとプロの境界線はどうなる?」というテーマに移ると、玉井は「そうなれば意識の違いだけになる。何を持ってプロとするか。自分で受けた仕事に結果を出す人かどうか、どれだけの人にどれだけ多く求められるかがプロなのかもしれません」、蔦谷は「自分はとにかくやれないことを減らしたい。情報量はコンピューターに勝てないけど、感情の引き出しという意味だとまだ勝てると思うので」、田中は「誰もがいろんな形やメディアで作品を発表できる時代で名乗ればプロになれるけど、僕らは『明日から仕事がなくなるかも』という危機感を持って音楽に向かい合っているので、そういう意識を持っている人がプロと呼べる」と各自の意見を述べた。これを受けた玉井が「みんなと何を共有したいかを実現するのが才能だし、もっとサウンドメイキングする人が増えれば増えるほど、この2人がいかにすごいのかを理解できる人が増える。リスナー全員がミュージシャンに近い状態ができて、クリエイターへのリスペクトが生まれるのは、すごく歓迎すべきことだと思います」と総括した。
最後に玉井から2人へ「60歳になったらどんな人になっている?」という質問も。蔦谷は「変わってはいないと思うんですけど、過去を振り返ると言ってることが変わってる。30代は結果は出てたけど音楽が楽しいかどうかわからなくて、今は本気でグラミーを取りたいと思ってる。でも、60歳になっても勉強してると思うんですよね」と述べ、田中は「できるだけ早く別の仕事をしたいなと思っていて。こんなに音楽にストイックになれる人たちを間近で見ていると、この人と同じ道は歩きたくないなと思っている(笑)」と、作り手としても様々な関わり方を模索していくことを宣言した。
質疑応答を経て、最後に玉井は「この4日間は、とにかく音楽が好きでそれを実現してきた人たちが作り上げたものです。この人たちの姿を見てもっと音楽を好きになったり、クリエイターを目指してくれる人が一人でも増えてくれたらと思います」と感謝を述べ、4日間に渡るイベントが終了した。
今回のイベントやagehaspringsの施策については、活動を追っているうちに気づくことがいくつかあったが、玉井がセッションで語った「リスナー全員がミュージシャンに近い状態ができて、クリエイターへのリスペクトが生まれる」という発言に、すべてが集約されているように思えた。そうなることが彼らの理想郷であり、ひいてはリスナー、クリエイターのレベルを底上げすることにもつながるからこそ、彼らは音楽制作だけではなく、未来への投資や開発を行っているのだろう。
(取材・文=中村拓海/撮影=樋口隆宏(TOKYO TRAIN))