玉井健二、蔦谷好位置、田中隼人ら語る“音楽制作の未来” 『J-WAVE × agehasprings』イベント
音楽クリエイティブ集団・agehaspringsが、J-WAVEの開局30周年記念イベント『30th J-WAVE × agehasprings Open Lab. SOUND EXPERIMENT』に出演。10月3日~5日は玉井健二プロデュースのもとagehaspringsの気鋭のクリエイター陣とともにLeola、the engy、Puskásによる公開レコーディングワークショップを、最終日である6日には、玉井健二、蔦谷好位置、田中隼人によるスペシャルトークイベントを開催した。リアルサウンドでは、4日と6日のイベントに潜入。それぞれの模様や彼らの発言をもとに、音楽制作現場の現状について記してみたい。
4日のテーマは「GROOVE」として、関西在住のバンド・the engyをゲストに迎えたワークショップを実施。この日初対面だという玉井とバンドは、最初こそお互いを探る様子があったものの、同じく関西出身の玉井が積極的にコミュニケーションを取り、the engyのメンバーも心を開いていく。ちなみにバンドの制作手法は、ボーカルの山路洸至がデモを制作し、メンバーがブラッシュアップしていくことが多いそうだ。
今回はより前後の変化をわかりやすくするため、Maroon 5の「Sunday Morning」をカバーし、そこへディレクションを加えることで、いかにグルーヴを生み出せるかという実験だった。バンドのサポートには野間康介が入り、エンジニアには森真樹とagehasprings陣営も万全の体制で挑む。玉井は同楽曲について「白人の大学生が好きなブラックミュージックをやったらこうなるという感じ」としつつ、the engyの4人に「基本的にどういう音楽を聴いてきた?」と質問。山路はMaroon 5をカバーしたことがあるほか、Linkin ParkやRed Hot Chili Peppersなども聞いていたという。ドラムの境井祐人は「親の影響でTOTOやDream Theaterといった古い洋楽バンドが好き」と語り、玉井も体を前のめりにする。そして4人の中で異端の立ち位置といえる藤田恭輔(E.Gt,Cho,Key)は「バンドを聴いてなくて、ノイズミュージックや環境音楽が好き」と述べた。
まずは1テイク目として、山路が「原曲のイメージを残しつつ踊れる感じ」と話した後に演奏を披露。ベース、ドラムは音数が少なく、小節の頭だけを鳴らして休符でグルーヴを感じさせるアレンジに。山路のボーカルも原曲よりキーが1つ低く、全体的に大人っぽい雰囲気だが、体は揺れるという絶妙なバランス感になっていた。
これだけでも大分完成されており、バンドのカバーアレンジとしてはハイレベルな部類に入る印象だが、彼らの音を聴いた玉井は「フィーリングでやるのも大事だけど、無理くりテーマを設定したほうがいい。曲にどういう背景があるか、カバー元のアーティストはどういう風に作ったのか、自分たちとの接点をどこに置くのかというものが明快であるほどいいカバーになる」と語る。確かに、クラシックの奏者は他との差異を出すために「楽曲のコンテクストをどれだけ理解するか、自分なりにどう解釈するか」を大事にし、それが演奏自体を大きく変えている。今回もカバーという性質上、その指摘はわかりやすく的を射ているといえるだろう。
玉井はそのうえで「だからこそ、もう一つテーマを設定したい。和音の部分、原曲でエレピが入る箇所を空けていたのはいいんだけど、Maroon 5が何をしたかったかというと、つまりはスティーヴィー・ワンダーですよ。だからこそ、彼へのリスペクトが楽曲に滲み出ているし、そこをどう汲むかが大事。康介には和音を補強するんじゃなくて、クラビ(クラビネット)でグルーヴをさらにかぶせる。リズムの粒子を細かくできればできるほどダンサブルになる。それを弾いて出すか休符で出すかという違い。君たちは休符で出してくれたけど、今回は被せてみよう。the engyは空間を埋めないところがすばらしいが、こういう機会でしかできないことをやってほしい」とディレクションし、2テイク目へ。
2回目の演奏を聴いた感想としては、明らかにクラビが入ったことで、キャッチーさ、良い意味でのチープさが加わり、ポップスとしての分かりやすさが付与されたように思う。山路も「他の音色だと入ってきすぎる感じがあるけど、クラビやとパーカッション的なノリがプラスされるのでいい感じだった」と好感触。続けて玉井は「2A(2番のAメロ)って、何かやらないといけない場所だと思うんですけど、ブラックミュージックはどちらかというと音を足すことが多い。だから、休符を感じながら詰めれるところは詰めてほしい。16分だけど32分に感じられる音だと、人は踊りやすいから」と話し、「ベースの休符の止め方、どういう意識でやってる?」と質問。ベースの濱田周作は「キックの四つ打ちが気持ちいいので、それが伸びると気持ちいいかなと思って弾いている」と答えると、玉井は「スネアのところに居ないという良さがあるじゃないですか。この編成でベースが裏で消えると、半拍空いてスネアが鳴るし、それが気持ちいい」と指示し、3テイク目へ。
3テイク目では、クラビが頭から入ってテンションコードを引くことで、クラビがグルーヴを引っ張る形に。ベースは半拍ずらしで鳴らすことで、グルーヴが途切れない聴こえ方になったし、前に出ていたギターとボーカルがグルーヴの中心になったことで、全体的な厚みが出てきた。
濱田は「クラビが鳴っているぶん、裏を感じやすい」と答え、ベースのディレクションも終えると、玉井は山路に「英語喋れるんだよね? 最後の箇所、Aメロを発展した展開からサビにいくところで、もう少しエモーショナルなボーカルがほしい。例えば、最後のフェイクだけ1つ上で歌うとか。持論だけど、ボーカリストがエモくなって終われるバンドは、フェスでも爪痕を残せるし、売れやすいと思っているんです。だから、今日はそれをJ-WAVEに植えつけて帰ってみよう」とアドバイス。技術的にも「ブルーノートっぽくメロに引っ掛けていく感じでもいい。ブラックミュージックってここ(鼻の頭)にあてるように歌うといいんですよ。自分では気持ち悪いかもしれないけど、聴いている側はビリっとくるからやってみて」と話し、4テイク目へと向かう。
4テイク目は玉井がディレクションしたように、最後のサビ前からボーカルがいい意味でスケールアウトしたり、主メロに対して当たったり離れたりすることで生まれるグルーヴ・セッション感が心地よい。演奏が終わった後、玉井は「全員がリズム弾くのって気持ちよくない?」とメンバーに尋ね、4人が楽しそうな表情を浮かべているのを見て、してやったりという顔で微笑んだ。
イベントの最後はここからthe engyのスペシャルライブへ。インディーR&B、HIPHOP、ゴスペルなど、様々な現在進行形の洋楽とリンクするサウンドと、山路のネイティブに近い英語詞のボーカル、安定した演奏は聴いていて気持ちがいいうえ、今回で掴んだグルーヴは、今後の活動へさらに活きてくるのではないか、という可能性も感じさせてくれた。
再びトークパートへ戻ると、玉井は「自分たちの音楽に哲学があるのが素晴らしい。今後はそれをお客さんにどう届けるか」と4人に課題を突きつけ、「休符の長さ、粒子の細かさがグルーヴの全て。鳴ってる間ではなく、鳴ってない合間をいかに大事にするか。これが日本人には難しくて、普通に生活していたら身につかない感覚だけど、4人からはそれを感じるので、ぜひとも磨いていってほしい」とエールを送った。
質疑応答では、「バンドに別のメンバーを入れてやらせたかったこと」「好きな音楽を聞いた理由は?」「グルーヴの重要性に気づいたポイント」と興味深い質問が飛び交った。すべては記せないので一部だけを抜粋するが、「日本語でグルーヴを出すには」という問いに、玉井は「英語を生かした音楽がR&Bなどのグルーヴを持った音楽なので、それを日本語で実現するには『子音』『母音』『余音』を分けて適正な場所に置くというめんどくさい作業がある。一度、引いた目でデザインするアプローチを身につけると、グルーヴを作りやすいですよ。山下達郎さんなどは、そういった部分を素敵にやっていますよね」と回答していた。