「『エヴァ』作詞家と言われるのは飽きました」 及川眠子が語る、作詞家人生と時代の変化

作詞家・及川眠子インタビュー

「100点の歌」が作れない

――及川さんは、これからの作詞家にはどんなことが大切だと思っていますか?

及川:それは、分からないです。今は割と分業になっていて、演歌/歌謡曲系、アニメ系、ポップス系……とあまりジャンルを飛び越えて仕事ができている方がいない感じはしていて。だからこそ、分からない。ジャンルを飛び越えてやる方が、絶対に面白いと思うんですけどね。

――及川さんは現在もジャンルを越えて活動を続けられていますね。最近でも、『THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS MASTER SEASONS SPRING!』収録の「未完成の歴史」で、『THE IDOLM@STER』シリーズに歌詞提供したことが話題になりました。

及川:話がきたときは、「『THE IDOLM@STER』」って何?」という感じでした。ちょうどその2週間ぐらい前に『けものフレンズ』を知ったので、日本コロムビアの人に「それは『けものフレンズ』ですか?」と聞いたら怒られたりもして(笑)。でも私の場合、ずっと色々なジャンルの仕事をいただいていて、『THE IDOLM@STER』の歌詞も書くと同時に、こぶしファクトリーの歌詞も書いて、その一方で中条きよしの歌詞も書いているわけです。それは意識してやっていることではないんですが、自分の場合はずっと中条きよしのような曲の詞を書いていると飽きてしまうし、ずっと『THE IDOLM@STER』のような曲の詞を書いていても飽きてしまうんですよ。色々な仕事がまんべんなく来ているからこそ楽しいんです。

――『新世紀エヴァンゲリオン』でのお仕事もそういう感覚ではじまったんですか? 及川さんが『エヴァ』自体にはさほど興味がない、というのはとても有名な話です(笑)。

及川:そうです。たまたまお話が来て、「じゃあやりますよ」という感覚で。他の仕事との違いというと、プロデューサーの大月俊倫さんが変わった人だった、というぐらいかな(笑)。あの人も天才ですから。でも、制作中のドラマチックな出来事は、正直言って何もないんです。当時曲にかかわった人というと、私は職業作詞家だし、高橋洋子はスタジオミュージシャン上がりだし、大森俊之も淡々と仕事をするし。大月さんに「哲学して」「難しくして」と言われて、「じゃあ本当に難しくするよ?」と言ったら「それでいい」と返事が返ってきて、「以上!」という感じでした。

――(笑)。いきなり「哲学して」というのもなかなかすごい発注ですよね。

及川:まぁでも、その前に水橋さんの「くるくるさせて」がありましたから(笑)。

――多くの楽曲の詞を手掛けてきた及川さんにとって、「いい歌」の条件とはどんなものなのでしょうか。

及川:これは都志見隆さんとも話したことなんですけど、彼は「眠子ちゃん、100点の歌詞を書くのは簡単でしょ? 僕も100点の曲を書くのは簡単なんだよ。でも、100点の『歌』にするのは難しい」と言っていて。これが共同作業の難しさだと思うんです。歌もそうだし、アレンジもミックスもそうだし、もっと言えば、それが世に出てどう受け入れられるかもそうだし。その結果まですべてをひっくるめて「歌」と捉えると、満足しようがない。私が今も作詞家を続けているのは、その「100点の歌」が作れないからなんです。100点の詞が書けても、それが100点の歌になるかどうかは分からない。仮に100点の歌が作れても、それが100点の結果を生むかどうかは分からない。その結果までが歌だからこそ、「次こそはやってやろう!」という気持ちになる。時には80点のものでも、100点の結果になることだってあるわけです。でも、100点のもので100点の結果を出すのはとても難しいことだと思います。

自分が書けない詞を書いている子が好き

――最近のアーティストの歌詞については、及川さんはどんな魅力を感じているのでしょう? たとえば、先ほどお話が出た大森靖子さんの歌詞の魅力と言いますと?

及川:自分自身をダイレクトにぶつけているような歌詞なのに、すごく計算されているところがあると思うんです。その計算の部分を、おそらく彼女は本能でやっている。しかも、私がすごく羨ましいのは、彼女は自分で歌う人間だということですね。それを自分の中でコントロールできるというのは、すごいことだと思います。

――大森さんの歌詞には感情をそのまま叩きつけるような雰囲気もありますが――。

及川:でも実際は、ものすごく計算されている。とてもクレバーな子だと思います。

――他に最近のアーティストの楽曲で、歌詞に惹かれるものはありますか?

及川:これは結局好き嫌いだと思いますけど、野田洋次郎(RADWIMPS)くんの歌詞はすごいと思います。鬼龍院翔(ゴールデンボンバー)くんの詞も好き。あの半径500mの世界を書いている感じがいい。結局、私は自分が書けない詞を書いている子が好きなんだと思います。

――ラップのリリックについてはどう思いますか?

及川:私にとっては演歌と同じで、「簡単な気持ちで踏み込んではいけない」と思っているんです。私は「演歌の歌詞も書かないんですか?」とよく言われるんですが、演歌にはルールや方式があって、私にはその作法が分からない。「演歌のようなもの」は書けるけど、「演歌」は書けないんです。だから、演歌歌手の楽曲で詞を担当するにしても、ポップスの作曲家が作るものなら引き受けられる。「これは歌謡曲ですよ」と言えるものですね。それは結局、演歌の歌詞を手掛けている方々へのリスペクトがあるからです。たとえば、星野哲郎さんが書く歌詞は素晴らしいじゃないですか。その気持ちがあるからこそ、うかつに引き受けることはできないんです。ラップも同じで、あのジャンルの作法があって、それも私には真似をすることしかできない。もちろん、どんなものでも、基本的に来た仕事はやりますけどね。

――では、これから作詞家としてやってみたいことと言いますと?

及川:それはきっと、「『エヴァ』の作詞家だ」という肩書きを外すこと。つまり、それ以上のヒットを作ることですね。もしそれができたなら、割と満足するんじゃないかなと思う。

――ご自身がかかわったものとはいえ、非常に高いハードルですね。

及川:だから、目標ですよね。結局、新しいことや、難しいことをする方が楽しいと思うんです。たとえるなら薄氷の池を歩いているような感じで、「右足を出したら、次は左足を出す」という感覚でやっていく。いい加減、『エヴァ』作詞家と言われるのは飽きましたし(笑)。

(取材・文=杉山仁)

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価格:本体1,800円+税
A5判 / 224ページ
販売元:リットーミュージック

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