「甲子園」インタビュー
福山雅治が明かす、「甲子園」楽曲制作の裏側 「自分の音楽体験の全てを5分間に詰め込んだ」
福山雅治が新曲「甲子園」を配信リリースした。
この「甲子園」は、全国高校野球選手権大会が今夏第100回を迎えるにあたってNHKのオファーによって制作されたテーマソング。中学生時代には吹奏楽部で部長を務めていたという福山だけあって、大編成のブラスバンドをフィーチャーした意欲的な一曲となっている。
さらに特筆すべきは、いわゆる組曲のような形式を持った曲構成だ。曲中でテンポが何度も変わり、転調もする。同じメロディを、1コーラス目はゆったりとしたクラシカルなブラスバンドのスタイルで、2コーラス目はスウィングジャズのスタイルで展開する。イントロやアウトロも含め、5分間の中に様々な要素が詰め込まれている。
今回のインタビューは、『福山雅治と荘口彰久の「地底人ラジオ」』(渋谷のラジオ/Ameba Radio)の8月26日OA回にて行われたもの。「甲子園」に音楽的な側面から迫り、楽曲制作の裏側から、直球のタイトルに込めた真意、ビヨンセに触発されたというミュージックビデオの演出まで、いろいろと語ってもらった。(柴那典)
もともと組曲をずっと作りたかった
ーー新曲の「甲子園」なんですが、最初に聴いたときに、正直「あれ? ここどうなってるんだ?」みたいに感じたんです。いろいろと音楽的な仕掛けがあって、それを確認するために何度も連続で聴き返しました。
福山雅治(以下、福山):冒頭の転調や曲のつなぎ、テンポが変わってる部分を確認してみた、と。
ーーそうです。僕はスマートフォンにBPMをカウントできるアプリを入れているんですけれど、それを使いながら「あ、ここでテンポが変わった?」って調べながら聴いたんですけれど。
福山:この曲は途中でテンポが変わるんですよ。4〜5回ほど。
ーーそういう挑戦的な曲を、NHKの全国高校野球選手権大会のテーマソングという王道の企画に放り込んできたということに、まず驚いたんですね。なので、このインタビューでは曲に込めた思いよりもまず先に、曲構成や展開の仕掛けについてお伺いしようと思うんですけれど。これは、組曲のような形式の曲を作るというアイデアが最初からあった、ということなんでしょうか?
福山:そうですね。もともと組曲をずっと作りたかったんです。小学生の頃はソフトボールをやっていたんですが、中学に入ってブラスバンド部に入って。そこで体験してきた交響曲、クラシック音楽の体験というのが、やっぱり自分の身体の中にあるんだと思います。その後ブラバンと当時にギターも始めたし、高校に入ってからはブラバンをやめてTHE MODS、ARB、ロッカーズ、ザ・ルースターズという九州のめんたいロックバンド、The ClashやSex Pistolsのようなパンクバンドのコピーバンドをやっていました。ただ、どちらが先に覚えたかというと、ブラバンのほうだった。デビュー後もその感覚はずっとありましたね。ストリングスアレンジが好きだったり、ブラスアレンジが好きだったりした。
そんな中で、ホルストの「惑星」とかムソルグスキーの「展覧会の絵」とかドボルザークの「新世界」のような巨大な曲はできないまでも、現代のポップミュージックの中で10分から15分の組曲を作りたいとはずっと思っていたんです。今回の「甲子園」は5分ですけれど、100回記念大会のテーマソングというお話をいただいた時に、これはもしかしたら、いよいよ僕がずっと思い描いていた組曲構想をやるチャンスなんじゃないか!って思っちゃったんです(笑)。
ーーなるほど。そしてこの曲には、もうひとつ背景があるんじゃないかと思ったんです。去年の「聖域」のインタビューでも、ニューオーリンズに行ってジャズの源流に触れたのが大きなインスピレーションになったという話をしていました。あそこでもブラスバンドに出会ってるんですよね。
福山:はい。そうなんです。
ーーその影響もかなり大きかったんじゃないかと思うんですが。
福山:大きかったですね。「甲子園」は井上鑑さんにブラスアレンジをやっていただいてるんですけど、1コーラス目のブラスバンドアレンジは、わりとクラシカルな音の積み重ね方、フレージングなんです。ところが、テンポが変わって2コーラス目に入ってからは、ジャジーなフレーズになる。1曲の中で、同じブラスバンドと言っても、1番はクラシカルな旋律、2番はジャジーな旋律になっている。同じ曲の中でそれを混在させてるんですよね。
ーー最初からそういう曲を作ろうというアイデアだったんでしょうか? それともアレンジしていく中でそうなっていったんでしょうか?
福山:楽曲の構成自体は、僕がデモテープを作った時、ブラスが入る前からあのままです。だから鑑さんには、1コーラス目はクラシカルで、2コーラス目はスウィングしたいんです、ジャジーな雰囲気でいきたいんですよって、若干無茶ぶり気味でお願いしちゃったんです(笑)。でも、改めて鑑さんのブラスアレンジの素晴らしさを感じました。
ーーNHKの甲子園特設サイトで楽譜がダウンロードできるんですよね。それを調べてわかったこともありまして。
福山:ほうほう。
ーーこの曲のメロディは、三連符のシャッフルを多用した、いわゆる跳ねたフレーズが中心になっているんですよね。なので、おっしゃる通り1コーラス目はクラシカルなマーチングバンドのリズム、2コーラス目はスウィングしたビートになってるんですけれど、メロディ自体はどちらにもしっくりくる。
福山:そうなんです。コード進行の展開自体は一緒なんです。
ーーということは、単なる味付けとしてのアレンジではなくて、こういうアイデアありきの曲構造だし、このメロディじゃないと成立しないのだと思いました。
福山:曲自体がそう作られているんです。だから全体を完成させるには、いつもの5倍くらいはかかっちゃいましたね。レコーディングの時間自体もそうですし、人数もそうですし。
ーーレコーディングのドキュメント映像も拝見しましたが、凄腕のミュージシャンの方々ですら、難しいと仰っていました。実際、そういうムードはありました?
福山:僕が多重録音でデモ音源を組み立てた段階で、楽曲の構造的に同じところが一箇所もなかったんですね。テンポも変わっていくし、拍子も最初だけ6/8で、その後の部分は違っている。なので、通常のレコーディングは譜面を見てもらって、デモを聴いてもらって、2〜3回演奏していくうちに馴染んでくるんですけど、今回はセクションごとに録っていきました。何回か練習しないと曲が身体に入らない。アッチェルとリタルダンドの繰り返し。テンポがだんだん上がっていったり、逆に下がっていったりするところもある。初見で譜面が読めるメンバーの皆様ですが、非常に厄介な曲ですよね(笑)。
ーーテンポが途中で徐々に早くなったり遅くなったりする曲って、J-POPもそうですし、世界的にもポップミュージック全般においても、ほとんどないですよね。
福山:今はないですね。
ーーこの理由はハッキリしていて、ほとんどの曲はコンピューターで作っているからだと思うんです。レコーディングでもクリックにあわせて演奏するのが当たり前になっている。もちろん一発録りでレコーディングするロックバンドもいますが、そういうバンドもわざとテンポを遅くしたり早くしたりする例はあまりない。そういう意味でも、今のポップミュージックには珍しいタイプの曲構成だと思いました。
福山:そうですね。ただ、クラシックのレコーディングは、今もコンダクターの方が指揮棒を振るわけじゃないですか。推測ですが、クリックは聴かずレコーディングしてるんだと思うんです。で、今、映画の撮影のためにクラシックギターの練習もしているのですが、クラシックギターの方に聞くと、当然自分のテンポで演奏している。テンポというのは、本来、多少は早くなったり遅くなったりするものなんですよね。興奮すると早くなるし、落ち着くと遅くなる。そういう生理的なテンポの変化がクラシック音楽や生演奏にはもともとあったんですけれど、今は仰る通りコンピューターで曲を作るし、一定のテンポで楽曲を演奏する。そのトランス感覚というのが、世界的な音楽のマーケットで受け入れられている現実はあると思うんです。でも、今回、僕はそれとは違うことをやりたかったんですよね。
ーーなるほど。
福山:で、今回のオファーを受けてイメージとして浮かんできたのが、甲子園球場のアルプススタンドの風景だったんです。僕はソフトボールはやってましたが、野球をやっていた人間ではない。でもブラスバンド部だった。自分の音楽的ルーツであるブラスバンドをいかにフィーチャーできるか。かつ、影響を受けてきたロック的な要素と、近年非常にインスピレーションを受けたニューオーリンズ・ジャズと、自分の音楽体験の全てを5分間に詰め込んだらどうなるんだろう、というコンセプトだったんですね。
ーー曲の終わり方も面白いですよね。最後になって、そこまで出てこなかったパートが出てきて、ジャンプの着地を決めるような感じで終わる。
福山:はい。やっぱりクラシックといえば、「♪ダッ、ダダダダッ」っていうボレロ形式に行きたくなるんですよね(笑)。
ーーこんな実験的なことを、NHKの放送テーマソングという大きなタイアップの機会でやって、しかも高校生のブラスバンドがそれを聴いて早速演奏しているというのもすごく面白かったです。
福山:大阪桐蔭のブラスバンドがやってましたね。発売もされていない、譜面もないときに。凄過ぎます。
ーーこういう現象が起こっていること自体も含めて、すごい曲だと思います。
福山:張り切りすぎましたかね(笑)。いろんな要素を詰め込むだけ詰め込んじゃったという。