細野晴臣の音楽家としての奥深さ 『万引き家族』サウンドトラックを聴いて

細野晴臣『万引き家族』サントラ評

 第71回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞した映画『万引き家族』。家族の在り方を描き続けてきた是枝裕和監督による“家族を超えた絆”をテーマにした本作は、正式公開から3週間で200万人を動員する大ヒットを記録。社会の枠から外れた人たちの生き方を精緻な筆致で描いた本作は、いままで隠されてきた日本の現状を露わにしたという意味でも多くの反響を呼んでいる。

 是枝監督の新たな代表作となった『万引き家族』の奥深い魅力をさらに引き立てているのが、細野晴臣による音楽だ。これまでに『銀河鉄道の夜』(1985年/杉井ギザブロー監督)、『パラダイスビュー』(1985年/高嶺剛監督)、『メゾン・ド・ヒミコ』(2005年/犬童一心監督)、『グーグーだって猫である』(2008年/犬童一心監督)などの音楽を手がけてきた細野。是枝監督は以前から劇伴家としての細野の才能に注目し、今回ようやく初タッグが実現したのだという。

 『万引き家族』における細野の音楽は、驚くほど自然に存在している。大仰なオーケストレーションなどは一切なく、アコースティックギター、ピアノ、マンドリンなどの生楽器に繊細な電子音を加えたサウンドによって、ドキュメンタリータッチの映像を静かに彩っているのだ。劇中で聴こえてくる街の喧騒、生活音などとの混ざり具合も絶妙。たとえば治(リリー・フランキー)と翔太(城桧吏)が団地の廊下で震えているゆり(佐々木みゆ)を見つけたときの電子音、治が工事現場に出勤するシーンで流れるピアノなどは、まるで場面そのものから湧き出てくるような手触りがある。過剰にドラマティックにならず、伝えたい感情を強要することもなく、登場人物たちの不安的な状況をナチュラルに反映させたこれらの音は、“できるだけ音数を削ぎながら、物語を際立たせる”映画音楽家としての細野の特徴を端的に示していると思う。

 音量は必要最低限に抑えられ、あくまでも目立たないように配置されている『万引き家族』の音楽だが(実際、映画を観ているときに音楽が気になることはほとんどない)、いくつかの場面で印象に残った楽曲がある。治と翔太がスーパーマーケットで万引きする冒頭のシーンにおけるコミカルなメロディ、翔太とゆりが川辺をとぼとぼと歩く場面のクラシカルなアコースティックギターの音色などは、その好例と言えるだろう。個人的にもっとも心に残ったのは、家族全員で海水浴に行ったシーンの楽曲。古き良きヨーロッパの映画音楽を想起させる洗練された旋律は、(それが一時的だとしても)穏やかな時間を味わっている家族の風景と重なり、この映画のなかでももっとも幸せな場面へとつながっている。家族の存在や登場人物に寄り添うのではなく、少し距離を置いたところで鳴らされているような音楽の在り方も素晴らしい。

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