ポピュラー音楽に関わるすべての人にとっての必読書 栗原裕一郎の『誰が音楽をタダにした?』評

 ミュージシャンからリスナーまで、ポピュラー音楽というものになにがしか関わっているすべての人にとって必読書であると申し上げてよいのではないかと思います。

 「巨大産業をぶっ潰した男たち」と副題に添えられていることからわかるとおり、タイトルである『誰が音楽をタダにした?』の「誰」が指し示しているのは、比喩的な犯人ではない。つまりこの手の話にありがちな「mp3が」とか「インターネットが」とか「ナップスターが」といった具合の技術や状況や環境が漠然とした犯人としてあげられているのでは、ない。

 「誰」はきわめて具体的に指名されている。主犯は3人だ。

 mp3という技術を生み出したエンジニア、カールハインツ・ブランデンブルク。

 1990年代以降現在まで世界の音楽業界の頂点に立ち続けているエグゼクティブ、ダグ・モリス。

 そして、ノースカロライナ州キングスマウンテンという片田舎のCD工場で働いていた作業員デル・グローバー。

 この3人だ。本書はノンフィクションだが、3人を主人公にした物語が平行して進み、互いが互いに連関し合ってエンディングに向かって収束していくという非常に小説的な手法で書かれており、実際ミステリのように読めてしまう。そして下手なミステリよりも圧倒的に面白いのだが、しかし書かれていることはすべて事実である。

違法コピーファイルはどこから来るのか?

 世界の音楽産業は、日本もそうだが、2000年前後からCDの売上が右肩下がりに減り続け斜陽化に向かった。CDの売上減少は違法コピーの蔓延が主因とされることが多く、ナップスターの名前がその悪事の象徴としてよくあがる。

 しかしナップスターが提供していたのはファイル共有サービスであり、開発者であるショーン・ファニングは、既存の共有システムの使い勝手に不満を持ったためにナップスターを作ったのだった。

 既存の共有システムがあったということは、違法コピーファイルもナップスター以前にすでにあったということだ。じゃあ、それらのファイルはどこからやって来たのか?

 この本が書かれることとなったそもそもの発端は、そんな素朴な、しかし根源的な疑問だった。

「僕は答えを知らなかった。答えを探すうち、だれもそれを知らないことに気づいた。もちろん、mp3やアップルやナップスターやパイレートベイについては詳しく報道されていたけれど、その発明者についてはほとんど語られていないし、実際に海賊行為をしている人たちについてはまったく何も明かされていなかった」

 著者のスティーヴン・ウィットはそうイントロダクションに記している。ウィットは1997年に大学に入ったというから1979年前後の生まれか。80年生まれのショーン・ファニングと同世代で、音楽はやはり違法ファイルのダウンロードでまかなっていたという。そんな自分のことをウィットは「海賊版の世代」と呼ぶ。

 彼はそうした違法ファイルのアーカイブはインターネットというクラウドによってもたらされていたと考えていた。当時はみんな漠然とそんなふうに考えていたのではないか。つまり不特定多数がてんでにリッピングしてアップロードしたファイルがなんとなく溜まっているのだろうと。

 だが、その思い込みは間違っていたとウィットは言う。違法ファイルの大部分は、ごく少数の海賊グループが流出させたものだったのだ。

 海賊どもが跋扈していたアンダーグラウンドカルチャーは「ウェアーズ・シーン」略して「シーン」と呼ばれる。これらのグループの目的とアイデンティティは、違法コピーファイルを共有することよりも、発売前のCDをいかに早くリークするかという競争に勝つことにあった。

 さらに驚くべきことに、ウィットを含めた海賊版の世代がこぞって溜め込んだほとんどのファイルの流出元は、ある一人の男に行き着くのである。CD工場で働いていた黒人作業員デル・グローバーがその男だ。

 グローバーが働き始めたとき、ノースカロライナ州キングスマウンテンの工場はポリグラムのCDをプレスしており、同社はあまり売れ筋の音楽を扱っていなかった。ポリグラムはやがて工場もろともユニバーサル・ミュージックに売却され、ユニバーサルはグローバル音楽市場でシェアの4分の1を占める世界最大のレコード会社となった。グローバーの勤める工場は一転、売れ筋の音楽CDのメイン生産地となったのである。

 シーンにコミットしたグローバーは、工場から発売前のCDを次々と持ち出しリークに荷担するようになり、世界最強の音楽海賊となっていく。ただし彼の姿はシーンのサーバの奥深くに隠れていて、この海賊王の存在を知る者はシーンのトップのごく一握りに限られていた。彼らにしてもグローバーの名前も素性も知らなかった。

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