THE YELLOW MONKEY、再始動の全国ツアーに感じた「安心」と「期待」

イエモン、再始動の全国ツアーをレポート

20160716-tym7.jpg
廣瀬洋一(Ba.)

 とはいえ、もちろん90年代のTHE YELLOW MONKEYをそのまま再現しているわけではない。ふと当時の記憶を呼び戻される瞬間は多々あったが、今目の前にいる彼らは“SUPER”の冠に相応しい、以前よりもパワーアップしたTHE YELLOW MONKEYだ。ただひたすらいかがわしさ満載だった初期の楽曲を今の彼らが演奏することでなんとも言えない“アダルトなエロさ”が加わったし、中〜後期のじっくり聴かせる曲では言葉の重み、1音1音の深みが増した。この15年間、ソロやバンド、あるいはサポート活動などを通じて常に現役であったからこそなせる、「2016年のTHE YELLOW MONKEY」の姿がそこにはあった。しかも、その姿は2001年1月、東京ドームで解散前最後のステージに立った彼らから地続きだった。15年という長い時間を経てたどり着いた境地ではあるものの、それでいて15年もの歳月を感じさせない“続き”感が普通に存在していたのだ。だからこそ、彼らのステージからは一切の「(再結成バンドによく感じる)がっかり感」が感じられない。それって当たり前のようで、実はものすごいことなんじゃないだろうか。

20160716-tym6.JPG
菊地英二(Dr.)

 それともうひとつ。彼らのライブを観ながら感じたことは……実はこれ、90年代にも感じていたことなのだが、その存在感やステージでの佇まいの“浮世離れ”感はどこか別世界のもののように感じられ、その姿は私たちが幼少の頃に憧れた海外のロックスターのようだ、そういう意味でもTHE YELLOW MONKEYって本当に「洋楽的/外タレ的バンド」だなと。そのバンド名からもわかるように、彼らは外タレコンプレックスを逆手に取って、80年代末の国産バンドブームの中誕生した。その後、90年代に入るとバンドブームは廃れ、のちにV系バンドが台頭するようになるも、THE YELLOW MONKEYは常に唯一無二のスタイルで活動を続けた。その結果、彼らは何にも似ていない、誰にも真似できないポジションにまでたどり着いた。そしてあれから20年近くが経った今、結局THE YELLOW MONKEYのようなバンドはこれまで登場していない。ロックがよりドメスティックなものへと進化した2000年代以降、THE YELLOW MONKEYのような「洋楽的/外タレ的バンド」が生まれなくなってしまったのだ。そんな時代によみがえった彼らの姿は、ある種異形のもののようにも映る。だが、これこそがあの時代私たちが愛したロックバンド、ロックスターなのだ。そういう意味では、実は彼らの復活はこの15年ずっと待ち望まれていたものだったのかもしれない。

20160716-tym8.jpg
吉井和哉(Vo.)

 吉井はライブ中、「THE YELLOW MONKEYは、もう生涯解散することはありません」「もう『THE YELLOW MONKEYの吉井和哉』がフルネームでいいでしょう。一生この冠で生きていくぜ!」と宣言するという、ファンには感涙ものの発言もあった。今のところ新曲は「ALRIGHT」1曲のみだが、きっとこの先まとまった形で新曲を聴くこともできるかもしれないし、そういった楽曲が中心となる(そして今回のツアーでは披露されていない、まだまだたくさんある名曲の数々が聴ける)ツアーも実現するかもしれない。そんな、以前だったら夢のまた夢だった思いも、きっと現実として叶うだろう……そう強く思わせてくれる至福の3時間だった。

(取材・文=西廣智一/写真=有賀幹夫)

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「ライブ評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる