カーネーションが喚起する、ロックの幸福な記憶 「こういう時代だからこそ、歴史にこだわりたい」

カーネーションが提示する“ロックの幸福な記憶”

「音楽の成り立ち、文脈を大事にしたい」(直枝政広)

ーーさきほどSoggy Cheeriosでの活動で、詞先で作るやり方を学んだというお話が出ましたが、大森さんのプロデュース等で、今回の制作に生かせた点などはありますか。

直枝:生かせたかどうかは別なんですが、そういう人たちが考えたアレンジというのがあって。僕らにはまったくない、ヘヴィ・メタルとかポスト・ロック、アイドルやアニメ系のすごくスピードのある構築された世界というのが、彼女の作曲スタッフの中にはあるんですね。それをステージで再現しなきゃいけない場合、自分の中にそういう資質がまったくないので、どうしたらいいのかと戸惑いましたね。だから、そういう演奏面での試練っていうのはありました。それでカーネーションに帰ってくると、なんてやりやすいんだろうと。

ーーなるほど。アルバム全体のコンセプトとかテーマが決まったのはどの段階でしょうか。

直枝:ジャケットの打ち合わせをした時に、木村さん(豊。アルバムのアート・ディレクター)と話したことは、もう隠さなくていいかな、と。僕らの音楽的な趣味とかオーディオ的な趣味とか、マニアックな感じとか、隠さなくていいんじゃないですか、って提案をしたんです。その瞬間、このアルバムの全体像が見えてきて。(ジャケットの)オーディオのお化けみたいな、祭壇のようなものがスケッチとして出てきたんですね。それを感じながら僕らは残りの作業に入ったんです。そういうビジュアルを意識しながら進めたことって今までにはなかった。

ーー自分の趣味嗜好を隠さなくていいと思ったのは、さっきの歌詞がわかりやすくなったとか、そういうことと通じてるんですか。

直枝:どうかわかんないですけど……僕らは常にXTCに影響受けてるとか、ムーンライダーズの弟バンドとか言われてきて、とてもやりにくかったんです。それは隠さないと厳しいぞ、というぐらい。以前僕が本を書いた時(『宇宙の柳、たましいの下着』2007年)、なぜXTCのことを書かないのかって小野島さんに言われたじゃないですか?

ーーすいません!(笑)

直枝:あれはもう隠さざるをえないというか、語れない、語りたくないって心境だったんですね。そういうところを経て今になって、5人メンバーがいてライブができる。音楽的にはなんでもできる状況になってる。トリオの頃とは違って思ったことを何の制約もなく表現できる。だったらもう、何をやってもいいし、それを隠すこともないかなと。

ーーなるほど。今作は全部の曲に「ロックの幸福な記憶」みたいなものがこびりついていて、聴いてる側はたまらないほど楽しかったし、切ないような懐かしいような気分にもさせられました。つまり直枝さんの趣味嗜好がそこに表されている。

直枝:そういう記号的なものを共有するっていうのは、ずっと前からやっていたことなんですけど、ただ今回楽曲の幅としては異常ですよね(笑)。でもずっとこれがやりたかったんですよ。どれだけ僕は今まで我慢してたのかと。今回は求められるものに応えたいという気持ちもあったかもしれないですね。これがどう評価されるか僕にはわからないけど、そういうしがらみからは抜け出すことができた気はします。

ーーそういう「ロックの記憶」「ロックの記号」みたいなものがあちこちに散りばめられていて、聴く側の音楽的な好みとか知識とか経験値とか想像力が問われる感じもあります。すごく情報量が多くて、それをどこまでキャッチできるか、という。

直枝:「E.B.I.」って曲はニール・ヤング調なんですけど、クレイジー・ホースみたいな。スタッフに「ティーンエイジ・ファンクラブとか聞かなきゃダメですよ」って言われて作った曲なんです。僕はその当時ヒップホップを聞いてたんで、(ティーンエイジ・ファンクラブを)通ってなかったんですね。言われていろいろ聞いてるうちに「Gene Clark」って曲とかめちゃくちゃいいなと。なのでニール・ヤング経由じゃなくて、わざわざそっち側から入って、こういう曲ができたんですよ(笑)。

ーーマイブラみたいな曲もやってますよね。「Blank and margin」って曲。

直枝:はいはい。そこらへんも後追いでね、スタッフに「シューゲーザーとかも聴いてください」とか言われながら(笑)。そういういろんな人の意見とか態度とかライブの時の閃きとか、そういうものが結び付いて、ここに辿り着いてる感じです。

ーー直枝さんぐらいキャリアがあれば、自分の積み重ねてきた知見だけでいくらでも曲は作れそうですが、それでも、常に新しいものを吸収して表現しようという意欲がある。

直枝:アルバムの曲順もスタッフの意見を取り入れて決めてみたり。みんなが納得するというのが基本にあるので。そこのこだわりは、あまり強く持たなくなってきてますね。

ーー自分がこうしたい、というよりは、周りの意見や提案を受け入れてみる。

直枝:そうですね。そこは面白がってやるし。知らないのも悔しいし、ひとまず体験してみて「これって結局こういうことだよね」と。僕の場合は文脈を辿るので、すぐにわかるんですよ、その音楽の成り立ちが。僕はそこを大事にしたい。文脈がわかるものに関しては、すぐにカラダに入ってくる。歴史とか。

ーー文脈がわかって面白くなくなるものと、わかるからこそ面白い、というものもありますね。

直枝:これだけ音楽が溢れてる状況になると、買わなくても聴けたりするでしょう? そういう時代だからこそ、歴史にこだわりたいんですよ。そこを勉強して知識を得た上で聴きたい。知らないものだけを聴く、というのも聴き方としてあると思うんですけど、これはどういうことがあってこうなった、というのは常に考えていたい方なので。若い人たちが「歴史だの文脈だの、そんなの関係ないよ」ってこだわらないで聴いてるのを見ると、もったいないなって思う時がありますね。

ーー閃きとか勘だけではないところで音楽をやっているということですね。

直枝:そう。たとえばシューゲーザーだったら、僕なりのその時代に於ける体験があるので、その空気を想像してみて、この曲にこのサウンドはあうかもしれないなあ、とか考えて編集していくわけです。

ーーでもいろんなことをやっていても、最終的にはカーネーションらしい音楽としてまとまっている。

直枝:そうですね。

ーーカーネーションらしさって何ですか。

直枝:そこが一番難しいところなんですけど、つまりこのタイトル(『Multimodal Sentiment(多様な感情)』)は、ようやく見つけたうまい言葉かもな、と思ったんですけど。そういう雑多な気持ちのようなものが常にひしめきあっている、ヘンな生きものだなと思ってるんですけど。

ーーなるほど。

直枝:僕と大田君の声の相性とか、すごいとこに来てると思いますね。それはすごい財産だなと思うし。ノリで悩むことないじゃない?

大田:そうだね。

直枝:説明してすぐわかってくれるし、あえて手取り足取りしないでもわかりあえる。そういう不思議な関係性ですね。

ーーそのコンビネーションがカーネーションらしさでもある。20年間ずっと同じ相手と仕事上で密接なパートナーであり続けるというのはどういうものなんですか。

直枝:独特の距離がありますよ。ね?

ーー単なる仕事相手でもないし、友だちとも違う。

直枝:言えばポーンと返ってくる。今回もいくつかすごい助けられたことがあって。「いい曲だね」とか。そういう、すぐに返ってくる一言が、助かるんですね。大田君って、一般社会の人たちと一番近いところで見ててくれてるから。ヘンにマニアックじゃないところで、音楽の響きとか快楽に対して素直なんですよ。

大田:僕は直枝みたいにそんなにたくさんの切り口で聴かないし、印象だけじゃないですか。で、知ってることは知ってるけど、知らないことは「なにこれ?」って訊くし。でも普通の人ってそうじゃないですか。ちょっとした音楽好き、ぐらいのもんで(笑)。

ーー20年間やってきて「ちょっとした」はないでしょう(笑)。

大田:そういう意味でわりとフラットに聴けるっていうか。たぶんあまりマニアックに行きすぎたら、なんか言うと思うんですけど。

ーー今回、これはいかがなものかということはなかったんですか。

直枝:(笑)。

大田:あったかな……

直枝:僕には言わないよね。

大田:陰口は言ってるかもしれないけど(笑)。でもここ数年陰口言う相手もいなくなっちゃったんで(笑)。メンバー辞めて2人しかいないから。

直枝:ああ、そうかそうか(笑)

ーー「続・無修正ロマンティック〜泥仕合〜」は、大森靖子との共作・デュエットですが、大森さんの『TOKYO BLACK HOLE』に入っていた「無修正ロマンティック〜延長戦〜」の続編ですね。

直枝:そうですね。デュエット曲を作ってくださいって言われたんです。「キーワードでいいから歌詞をちょうだい、譜割とか関係ないから」と向こうに言って、出てきたものを僕がまとめて状況とか作って。そうしたら男女がいっつも近くにいるようで離れているようで、不思議な距離感のある曲になって。これは絵が浮かぶし、続きが見たいなと思って、またこの企画が再燃したんです。

ーー大森さんの良さってどこにあるんですか。

直枝:そうですねえ……思い切りがいいですね。細かいことにあまりこだわらないというか。その時の一番いいテンションじゃないとダメだという。細かく何度もやり直したりするのはいやがる。瞬発力勝負というか。あと、僕らが知らないような言葉を知っている。前作だと「サークルクラッシャー」とか、今作だと「きみのターン」とか。僕が全然聞いたことのないような言葉を歌詞の中に入れてくる。そういうのが面白いですね。かと思えば「ヤケ酒」とか「銭湯帰り」とか。そういう言葉も使ってくる。

ーーいきなり昭和感満載の。

直枝:そういうのが面白い。僕は酒もタバコも歌に盛り込まないというのをひとつの制約としてやってきたんですよ。でも今回はあえてそういうところを残してやってますね。

ーーなぜ今まで入れなかったんですか?

直枝:かっこ悪いような気がして。ドメスティックすぎて(笑)。日常感でもいろんなものがありますけど、そこはあまり見せたくないというか、こだわりたくないというのがあったんですね。ジャズというかブルースというか演歌というか。

ーーああ、泥臭い感じがすると。

直枝:だから今まではあえて外してたんですけど、今回はそこが逆に面白いと思って。

ーー大森さんの奔放なセンスとうまく調和してますね。

直枝:ネットでいろいろ調べてると「東京事変みたいだ」って言われてるんですよ。こっちはゾンビーズのつもりで作ったんだけど(笑)。そういうの、よくあるんですけどね。

ーーあ、これゾンビーズですか?

直枝:「Tell Her No」なんですよ、僕の中では(笑)。コード進行とかね。だけど最終的にこういう全然違うところに辿り着くのが面白いんですけどね。

ーーそれは大森さんがいるからですか。

直枝:そうなんですけど、完成するころにはそのキーワードはどうでもいいことになってるんです。「ゾンビーズ」というキーワードは。スタジオでみんなに説明するために、盛り上げるために言っているだけなんで。

ーーああ、最初の段階で。

直枝:そう。最初の発想はそうなんですけど、その後どういう風に転がろうが構わない。大森さんのアルバムに入ったバージョンはノリが細かくてフュージョンぽくなってますけど、今回のはもっとシンプルで、僕が考えた原型に近いですね。

ーーなるほど。今作の場合、直枝さんのそういう膨大な知識や経験が、すべてロックに集約してる感じがあって。

直枝:ありがとうございます!良かった〜〜(笑)。しょうがないよね、俺たち。いつもジョー・ウォルシュの話してるし。

ーージョー・ウォルシュ? なぜ今?

直枝:いやもう、『ジョー・ウォルシュ・ライヴ(現題You Can't Argue with a Sick Mind、1976年)』とか僕らの中ではバイブルだったんで。そういうことはいつまでも忘れない。グランド・ファンクだってシカゴだってね。

ーーまた極端に古い固有名詞が出てきましたね(笑)。

直枝:そうなんですよ。でもしょうがないんです。中二病なんで(笑)。多感な時の体験っていうのは逃れられないよね。もはや。

ーーロックで育ったから。

直枝:レコード1枚買うにも、1年間レコード屋さんに通って、これどんなアルバムなんだろうって迷って妄想して、1年後にようやく買えて「うーんイマイチだった」なんて(笑)。今はその気になれば、簡単に聴けちゃうから、そんなまどろっこしいことしない。でもそういう経験ってけっこう重要な気がするんですよ。それが今の僕たちを形作ってると思います。

(取材・文=小野島大)

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カーネーション『Multimodal Sentiment』

■リリース情報
『Multimodal Sentiment』
発売:2016年7月13日
価格:¥3,056(税抜)
CD2枚組(DISC2にはDISC1収録曲のインストバージョンを収録)
ライナーノーツ:湯浅学

【DISC1】
1.まともになりたい
2.WARUGI
3.Lost in the Stars
4.いつかここで会いましょう
5.Pendulum Lab
6.跳べ!アオガエル
7.アダムスキー (Album Mix)
8.Autumn's End
9.E.B.I.
10.続・無修正ロマンティック 〜泥仕合〜
11.Blank and Margin
12.メテオ定食 (Album Mix)

【DISC2】
アルバム全曲のインストゥルメンタル・ヴァージョンを収録

<参加アーティスト>
大谷能生、大森靖子、川本真琴、佐藤優介(カメラ=万年筆)、sugarbeans、徳澤青弦、西川弘剛(GRAPEVINE)、張替智広(HALIFANIE、キンモクセイ)、松江潤 他

■ライブ情報
「『Multimodal Sentiment』リリース記念ライヴ」
10月3日(月) 渋谷 クラブクアトロ

「カーネーション『Multimodal Sentiment』発売記念ミニライブ&サイン会」
7月14日(木) タワーレコード渋谷店 4Fイベントスペース 20:00スタート
8月12日(金) タワーレコード新宿店 7Fイベントスペース 21:00スタート
8月5日(金) タワーレコード京都店 イベントスペース 19:00スタート
8月7日(日) ディスクユニオン大阪店 店内 17:00スタート

「カーネーション『Multimodal Sentiment』発売記念トーク&ミニライブ」
7月17日(日) ディスクユニオンお茶の水駅前店 18:00スタート

※詳細は下記オフィシャルサイトにて

■オフィシャルサイト
http://www.carnation-web.com/

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